7.両親

#novelmber 7.一組

#novelmberは11月にお話を書く企画です。詳細X


 昔々あるところに、男と男がいた。

 彼らは、我々の両親である。

 彼らによって生み出されたこの地を、彼らの眠る森にちなんで、離レ森(はなれもり)と呼ぶ。


 離レ森というのは、狭義には町の中心にある『森』を示す言葉だ。だが現在はこの地域(今では町)全体を離レ森と呼ぶことが多いので、森に関しては単に『森』、あるいは『壁の内(かべのうち)』と呼称することが多い。

 離レ森町は、鬱蒼とした山に囲まれた、小さな町である。住民の半分以上が、町の外からの移住者で、そのうちの一割はここに占いを学びに来た人々だ。いつも曇天で底冷えのする町だが、この町に住まなくてはならないと考える人は多い。

 この町には同性愛者に関する神話があり、それゆえに、同性の事実婚が一般的である。暗黙の了解として「日本の法より優先されるべき、離レ森の常識」が、存在する。その神話についての調査が、浅野茉優(あさの まゆ)と神狩(かがり)ウイの勤める支部の仕事だった。しかし彼女たちの話はひとまず措いて、神話について語ろう。

 とはいえ、神話というには具体性が高すぎる話でもあるのだが。

 『森』は、山から飛び地のように離れた位置、町の真ん中にある。町が『森』を取り囲んでいると言った方がいいだろうか。青灰色の石を積み上げて作った壁で区切られた内側に、暗い木々が茂っている。山に生えているものと同じ、ありきたりな針葉樹である。少なくとも、外からはそう見える。

 手入れは誰もしない。中に入ると戻れない、と信じられている。立ち入ることは特に禁じてはいないが、立ち入って安全だとも、誰も言わない。

 以前ここに立ち入った最後の記録が、現在の「おかあさん」の記録である。

 現在の「おかあさん」が離レ森に現れたのは、百年ほどまえのことだ。彼は年若い、市井の研究者で、離レ森の、奇妙(外界からすれば)な風土と文化を調査するためにやってきた。そして勇敢にも、あるいは軽はずみにも、『森』に踏み込んだ。

 そして彼は、「おとうさん」と契った。潜流はそう言っている、と、町の占い師が口々に言った。かつて研究者だった彼は森のどこかで「おかあさん」になった。新しい「おかあさん」に。離レ森町の空はしばらくの間晴れていた。祝福するかのように。占い師たちは「愛が交わされたからだ」と言った。「我々は新しい両親を得て、新たな流れを得たのだ」と。

 占い師たちが「潜流」と呼ぶ、この町全体を覆っているもの、気配、空間、エーテル、魔法。そういったものを更新するために、森の奥で何かが行われている。ずっと繰り返されてきた。男、女、そうではないもの。それらの組み合わせになんの違いもない。持った性別とは関わらず、先に入った方が「おとうさん」、次いで入った方が「おかあさん」になる。「おとうさん」と「おかあさん」が揃ったら、町の流れが新しくなる。

 離レ森は潜流に守られている。彼らが『森』の中で愛し合っている限り、この地は静かで、外の世界で何が起ころうと、揺れることはない。

 離レ森ではそう信じられてきた。歴史、伝統、文化、慣習、常識。どんな言葉を使っても同じことだ。離レ森ではこれがルールだ。外の世界とは関係ない。

 そしてこの百年、離レ森の両親は男と男だった。

 それゆえに、あえて離レ森を選ぶものもいる。


「――目を覚ました?」

「……誰ですか」

「君の知らない人」

「ここはどこ?」

「離レ森だよ」

「ああ……そうですか。中に入れたってことですよね」

「うん。そして君はもう、ここから出られないと思う」

「……どうして?」

「何も知らずに来たわけじゃないんだろう? ……私は、君を待っていた。ずっと。何年も。退屈ではなかったけどね。ここでは役目があるんだ。忙しい暮らしだよ」

「役目」

「潜流をいく全てを記録するのが、我々の、――『両親』の役目になる。そして、それを、離レ森の中に放流して、皆の共有財産にするんだ。戸惑っているかな? けれど、何も知らずに来たわけじゃないだろう。覚悟なしに進んだわけではないんだろう」

「……そうですね。はい。そうです」

「両親とは、歴史を続けていく途上の限定的フィルターだ。離レ森に限った話ではないがね。そしてもちろん、その限定的フィルターは血縁に限ったものではない。たとえば衣食住。つまり文化。たとえば教養や学問。たとえば知性。たとえば常識。全てが、歴史の構築に必要なフィルター。限定的フィルターを何枚も重ね合わせる最初に出会う存在を、たとえば両親と呼ぶ。分かるかな」

「多分」

「彼らが肌の外側で、一番近くに感じるフィルターになるという意味だよ。我々は離レ森の『両親』になるんだ」

「いつまで?」

「『次』が来るまで。我々はこの役目のためここに監禁されているとも言えるし――」

「望んで来たのだから、監禁なんかじゃないとも言える」

「生きるというのはそもそも、身体という牢獄に囚われることだ」

「どうせ監禁されてる」

「気が合いそうでよかった。どうする?」

「何を?」

「さっそく働くかい? それとも、私と愛し合ってみるかい、『おかあさん』」

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