フェアプレイだけがあの子の墓でした おやすみカナリア、夢を見ないで
- 森村自在 – 人類最後の「純潔」のひとり。
- セシリア・エデン – 自在が操作する魔法少女。
現実感のない、虹色の光を発して、彼女の組成が組み替えられるその瞬間、自在(じざい)は少し顔をしかめる。自在はその瞬間が好きではない。けれどそのあとにもたらされる、青銅色をした彼女のことが、自在はそれはそれは好きで、それを目にするたびに自在ははしゃいで興奮してにやにやして周囲の人々に自分の喜びを大いに喧伝したりするので、その一瞬前自在が顔をしかめていることに気づく人は、だれもいない。あるいは気づいていても、それは興奮のひとつの表情なのだろうと、そう思っている、たぶん。自在の目を覆う眼鏡のレンズも、自在の表情を読みづらくする手助けをしている。
「僕のセシリアは本当に美しいでしょう」
虹色の光は消え、いまや青銅色の隆々とした体躯を天に向かって聳えさせている彼女を指差して、自在は朗らかに言う。眼鏡をきらきらと光らせて。モリムラさん本当に魔法少女が好きだね、と誰かがいい、自在は笑って訂正する。
「あいつらが好きなんじゃない、僕が好きなのは、あのかたちだよ」
おもうさま暴力をふるうために存在しているくせに、キイを差し込まれなければ身動きひとつ取れない、かわいそうな木偶であるときだけ自在は、魔法少女が好きだ。
そして自在のパートナーであるセシリア・エデンは、自在の知る限り最も美しい木偶だった。自在は彼女の愛する木偶の体に指を這わせる。自在の望んだ通りにセシリアは自在をからだのなかに受け入れる。狭くあたたかなコクピットを母親の胎内に例えた悪趣味な古いアニメーション、そんなハッピーなもんじゃないねと自在は思う、この子は、僕とは、全然、違うんだ。
自在はキイとしての自分をセシリアの中になじませる。自在の意図を汲み、セシリアはその美しい体を、空へ、紫色へ染まる空へと、発進させる。
体内から紫因子が発見されなかった人間は、純潔と呼ばれる。その人口はごく少ない。紫因子の要因であるそれは歴史上重要な、人類の重要な栄養源であり、それによって人類の歴史は大きく塗り替えられたのだ。紫因子の危険性を早くから察知し警鐘を鳴らしていた思想団体の人々でさえも、因子を持たないものはごくわずかだった。
人類の歴史のあるとき、その兎が現れた。紫色をしたその兎はなんでもできた。彼らは人類の良きパートナーとなった。彼らは人語を解し、人類のためにどのような行為でも行い、家事をし仕事をした。廃棄物を飲みこんで処理し、罪人を飲みこんで処理し、そしてそれらは新しい兎として産み直された。そうやって増えた彼らは、人間に向かって両手を伸ばし、『カミサマを食べて!』と言った。彼らは自身を神様と呼んだ。そう、実際に、それは、神だったのかもしれなかった。人類はもはや、彼らの世話を受け、彼らを口にして、生きていけばよかったのだった。
そして崩壊がやってきた。
兎を口にした人間は、いつしか兎になる。
兎を口にした人間のうち、兎にならず生き延びて人の形を保っていた彼女たちは、魔法少女と呼ばれる。
純潔と呼ばれる人間たちと魔法少女たちは、地上を離れて飛び続ける船に集められ、集団生活を送っている。純潔である自在たちは、与えられる食事をいつも退屈な気持ちで口にする。健全で十全で、紫色の影はひとつもない食事だ。
「またじゃがいも」
張(チャン)がうんざりと声を上げた。
「プーティンはカナダ料理だよ」
「どうでもいいよ。じゃがいもでしょ」
「ポテトフライと、チーズと、グレイビー・ソース」
「げー、カロリー高そう」
「計算してあるに決まってるじゃないか」
「そうだけどさ」
逆に言えば、カロリーの高そうな食べ物を与えるということは、僕らのカロリーは慢性的に足りていないんだろう、そう自在は思う。カロリーが高そうなものを習慣的に嫌う張は自在のルームメイトで、部屋に飾った調度品、写真立てなんかからもわかるとおり、富裕層の出身なのだった。自在とは違う。
「だいたいさ、茶色い食べ物って、おいしくなさそうに見えるじゃない」
張はつぶやいたあと、小さく笑う。自在も眼鏡を押し上げて笑った。それ以上の言葉は言葉にされない。けれど彼らにとって、美味しそうな食べ物の色とは、決まっているのだ。
自在たちは生まれてから一度も紫色の兎を食べたことがないのだけれど、それらを美味しそうに食べていた周囲の人々や、テレビの向こうの人々のことを知っているので、自分たちの食事は、きわめて前時代的で、まずそうに見える、と考えている。
「紫色が食べ物の色として賞揚されるようになった歴史のほうが、茶色を美味しい色だと考えていた歴史より短いんだよ。歴史をちょっと振り返れば、美味しい色の食べ物の描写として、きつね色とか、こがね色とか、わんさか出てくる。今となってはちょっと信じられない感性だけど」
「モリムラ先生の講義は結構だよ」張は呆れた声を出した。「そんなだから友達いないんだよ、あんまりうるさくするとわたしも一緒にご飯食べてあげないよ」
「頼んでないよ」
「寂しいわよぉ、ひとりでごはん食べるの」
「僕がひとりでいたら、張が罰を受けるんじゃないの、孤立は罪、それもそれを発生させた側の罪だ」
「つまんない子ね!」
自在たち純潔はたくさんのルールに縛られている。彼らはひとりでいることを許されない。友人を持つことを求められる。会話を交わすことを求められる。人間と。つまり、魔法少女以外と、戦闘におけるパートナー以外と、彼らはコミュニケーションし続けることを、規定されている。
「きみなんかと話すより、セシリアと話すほうがずっといい」
自在が、グレイビー・ソースに浸したフォークを舐めながら言うと、張は目を細めて笑った。嘲笑した。
「本当にパートナーが好きね。魔法少女に入れあげるのは正しくないですよ。気持ちが悪くないの? あいつらはごはんだって食べないんだよ。生きてないのよ」
「気持ち悪いよ。でもきれいだ」
「そりゃ、女の子でいるときはね?」
「そう?」
自在は、それはわからないな、と思う。けれど張に向かっては、笑いかけるだけにとどめる。少女であるとき彼女たちがどのように愛らしい姿をしていても、自在はそれにはなんの、興味もない。
このプロジェクトがスタートした時、それは、まず魔法少女の捕獲から始められた。世界にあまた溢れていた彼女たちは捕えられ、入念な思想教育を施された。今では彼女たちは、規定された魔法しか使うことができない。彼女たちは密室に隔離され、話し合うことを許されない。彼女たちは必要に応じて引き出され、幾重もの監視と安全装置に取り囲まれて、そして虹色の光を放つ。
そして巨大な木偶が、そこに現れる。
空を、あるいは地上をびっしりと、紫色が満たしている。地球全土を覆い尽くしている兎、あるいは兎と化すことが定められている人類を、彼らは、数少ない人類の純潔たる自在たちは、殲滅しなくてはならない。
そのほかに人類が生き延びる術はもう、残されていない。
自在は、セシリアが、小さな密室でじっと、出撃を待っているようすを、想像する。自在はベッドにいる。あるいは、教室にいる。あるいは、張と食事をとっている。どれでもかまわない。自在はぼんやりと、セシリアのことを考えている。
セシリアは長く伸ばした、青色の髪をしている。およそ人間離れした、まっさおな色の髪が、さらりと背中に垂れている。髪の色よりも明るい、青色の、フリルとリボンで構成された、華奢な体のラインをきれいに見せるドレスを着ている。いつも同じドレスだ。アニメーションのキャラクターみたいに。
醜悪だ、と自在は思う。
幼い少女の姿をした、彼女がその環境を拒否するところも抵抗するところも、自在は見たことがない。ただ彼女はその狭い部屋で、粗末な椅子に腰掛けて、出撃までの時間、背を伸ばした姿勢でじっと待っているのだ。なにも考えていない、考える能力を持たない、人形のように。なにを食べることもなく、眠る必要も、排泄もしない、兎でもなく人間でもない存在。彼女たちを使って人類は、兎に勝って、生き延びようとしている。
醜悪だ。
「醜悪だと思わない?」
安全で快適なコクピットのなかで、自在は問いかける。セシリアの声が響く。
『挑発しかする気がないのなら話しかけないでください』
コクピットのなかに響く彼女の声は、兎たちの喋る声に似ている。ふわふわと反響し、つかみどころがなく、やたらに、やさしさと甘さをもって響く。その内容とは無関係に。
「きみたちの存在も醜悪だし、きみたちに頼るしかない人類も醜悪だなあ」
『今度は韜晦ですか。何が言いたいの?』
ふふ、と自在は笑う。「きみは本当は辛辣な精神を持っているのに、閉じ込められて平気な顔でいられるのがわからない」
『それが本題なんですか?』
「そうじゃないけど、そうでもあるね」
『意志の問題です』
「意志?」
『魔法少女とは意志の存在です。……来ますよ』
自在の手が動く。紫色の物体の、開いた口のなかが闇そのもののように暗く、そのさなかに、確実な剣のようにセシリアの、鋭く硬質なからだがつっこんでゆく。セシリアを閃光とするために、自在はキイを叩く。焼き尽くされて消えてゆく兎の、次にまた兎がいる。兎は無限にいる。
殲滅せよ。
人類の、未来のために。
セシリアと自在はそのときひとつだ。セシリアを適切に操縦するために自在に動く自在の指は、セシリアのために存在し、セシリアの巨大な体躯は、自在のために存在する。そのようにひとつのものでありながら、自在の意識は戦場を離れてゆく。けれどそこもやはり、戦場なのだ。

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