1.四つ目のバイト

「出られないんだよね」カウンターに肘をついた店長は笑って、そう言った。でもそれはだいぶん先の話だ。

 店長とは、四つ目のバイト先で知り合った。というか砂鉄(さてつ)の四つ目のバイトの雇い主である。
 小暮砂鉄(こぐれ さてつ)は今年で二十四になる。高校を卒業した十八歳以降、六年分の自由時間、というか自分の時間だと本人が思っている時間を、全部アルバイトに費やしている。
 砂鉄は高卒だが、選ばなければ仕事はずいぶんある。とはいえ前提として、一般的に女がやるとされている求人は(男なので)選択肢から外れ、学力にはまったく自信がなく、座って細かいことをやるのも電話を受けて喋るのも、得意ではない。体力はある方だが筋力には自信がない。ガタイのいい方でもないというかチビなので威圧できたほうがいい仕事も向いていない。選ばなければと言いつつ、結局は選ぶことになる。
 でもまあ、最近は、町を駆けずり回って食べ物を宅配するやつができるので、捗っている。さっきも言ったがチビだから子供みたいにすら見えて風呂が嫌いではなくて害のない見た目なので、警戒されないという点も、この仕事に関しては割と良い気がする。誰にも、向いてると言われたことはないが、向いている気がする、と勝手に思っている。
 体力はある方だからと思って最初は自転車に乗って始めた。が、かかる時間も考えると、さすがにコスパが悪すぎて自転車はやめて原付を買った。自動車を維持するのはだるすぎるので原付が落とし所だろう。要するに、それくらいの投資をしてもいいと思う程度には、向いている仕事だと思っている。
 やってわかったのだが、宅配は、深夜から早朝にかけて、無風地帯が発生する。もしかしたらもっと大都会とかでは事情が違うのかもしれないが、砂鉄の住む地方都市ではそうだ。だから二十二時から五時まで工場でアイスクリームを作って、朝になって工場を退勤したらその足でスーパーに行って品出しをしている。人間が起きていない時間帯の労働は金銭の発生量が多くていい。
 ここまでが三つ目のバイトの話。

 四つ目のバイトは、奇妙なものだった。

 しょっちゅう宅配を届けている先がある。住宅街のど真ん中にある喫茶店である。静かと言えば聞こえはいいが、要するに老人しか住んでいないような、手入れの行き届かない一軒家が並ぶ町だ。店は、山に張りつくようなつくりの坂の中腹にある。
 届けるものは大抵ハンバーガーとポテトとコーラのセットで、届ける時間は大抵十五時くらい。都合が合うので頻繁に訪れていて、お互いすっかり顔見知りになっていた。いつもハンバーガーを受け取る相手は、小太りの、優しげな風貌の中年男性だ。砂鉄にとっては父親くらいの年の差があると思う。まあ、普通の感じの人だ。多分この店の店長だと思う。
 アルバイト募集、という張り紙を、一ヶ月間見て、声を掛けた。ていうか、本当は配達先の相手と突っ込んだ話とか、しちゃダメだが。
「あの。これまだ応募してますか」
「してるよ!」店長(多分)は明るく元気に言った。
「いくらでも来そうですけど。いい条件だし」
「いや、なんか、なんとなく怖~みたいな、そういうリアクションが多くて……」
「怖くはないけど、これって訪問看護とか頼めるんじゃないんですか。よく知らないけど」
 アルバイトは、こういう内容だった。
 日常的な外出を請け負って欲しい。具体的には、日用品・食料品などの買い出しや、銀行口座への入金などを頼まれて欲しい。月に一回から二回程度連絡するので、近い日取りの都合の良い日にこの店に寄ってくれればいい。店に来る前に必ず、指定の場所で墓参りをして欲しい。また、この店に入る前には必ず、大きな声で「客です」と言い、中から返答があっても決して返事をしてはいけない。日給一万円、交通費・ガソリン代支給。長期で契約して頂ける場合追加手当あり、別途支給あり。
 店長は困ったように眉を下げて手を広げた。
「この内容だと行政の支援受けられないらしいんだ。一応聞いてみたんだけどね。これまでは母がやっていたんだけどねえ」
「そうなんすか」母親のくだりで砂鉄は若干イラッとしたのだが個人的な事情なので無視した。というか、母親のくだりでイラッとしたせいで他の小さな、たとえばちょっと怖いとか、ちょっと気持ち悪いとか、ちょっと変とか、そういう感情が消えてしまってむしろ、やらない理由がなくなった。だって個人的な理由だったし、それは、相手のせいでは、なかったし。
「もう一個質問なんすけど、これってもうちょっと上がったりしませんか」
「あーそれはもう全然」
「全然できる系?」
「可能です! 相場が分からなかっただけだから」
「三万でどうですか」
 ダメ元すぎるかと思ったが店長はあまりにも軽く、「いいよ!」と言った。
 というわけで、砂鉄の、四つ目のバイトが決まった。

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