「たった一匹残されたって言われていたガラパゴスゾウゾウガメ、このあいだ死んだそいつの仲間が、見つかったんだって」
省吾さんが、珍しく、長くしゃべった。そして黙った。勤め先のコンビニでもらってきた賞味期限切れのコンビニ弁当、油が古くなってるそれの、油が古くなってることが気に入らないということを、いつかぽつりとこぼしていたのに、やっぱりもらってきて食べている。いつも温めないで食べているから、いつだかトイレに入っている隙に勝手にレンジで温めて出しておいたら、そのつぎからは温めて食べるようになっていた。省吾さんのそういうとこ、そういうとこが、俺は時々ほんとになんだか胸が痛くなる感じがして、いやだなと思うし、省吾さんの頭をなでまわしてやりたくなる。かわいい、ってことだと思う。省吾さんはかわいい。刷り込みされた動物みたいで、俺はなんだか怖くなる。
俺はポテトチップスを食べながら、「うん」と言って、それから、もっと何かいうべきかわからなくて、「みつかって、よかったですね」と言う。
「うん」
省吾さんはぼんやりと頷いた。たぶん納得してない、口の端にうかんだ微笑みでそれとわかる。俺は間違った相槌を打ったのだ。
省吾さんは言葉を追求されるのが嫌いだ。たくさん喋るのも嫌いだし、話しかけられるのも嫌いだ。省吾さんが長い台詞を喋るのは仕事中だけで、かわりに省吾さんは、いろんな種類の笑みを浮かべる。疲れ、怒り、悲しみ、省吾さんは全部、笑いで表現する。
たぶんもう飽きてしまったのだろう、箸で唐揚げの衣をつつき散らしながら、省吾さんは長く黙り込み、それから、「負けた気がする」と言った。
「誰に?」
「俺がしてた勝負じゃねーけどな。カメ。死んだ方のカメ、生きてるうちに仲間を見つけてやれなくて、負けた、気がする」
省吾さんはぽつりぽつりと言い、「そんなもんだろうな。なんにもできねえんだろうなあ」と締めくくった。缶ビールを煽る。一日一本しか飲まないビール、そんなに雑に飲むことないのに。
俺はバスケットボール部に所属していて、俺の部は強くて、俺もけっこう強くて、だから、あまり、負けない。俺は背が高く、頭もそんなに悪くなく、運動神経がよくて、快活で友達もたくさんいて、たぶん俺はひとより負けた回数が少なくできている。でも省吾さんにとって、カメの死が敗北だというのなら、俺だってそのカメをむざむざ死なせた敗北者なのだと思った。それは、不思議な感覚だった。くやしいと思った。それから、なんだか、……なんだかね。
「ショーゴさん」
「うん?」
「ビールひとくちください」
「スポーツマンが飲酒なんかすんな」
「ひとくちだけ! ね、ね、ね」
「……ひとくちだけな」
ほらね、省吾さんはいつだって、俺に甘いのだった。手渡された缶に口をつけて、ほんの少し、舐めるだけ、飲んだ。喉がかっと熱くなって、とても、苦かった。大人、って思ったんだ。
「交換」
省吾さんは俺のコーラを手にとり、こくりと飲んだ。
「甘い」
なんだか俺は恥ずかしくなって、「ごめんなさい」とつぶやく。
「なにが?」
「いや、……でもカメ、生きてて、よかったですね」
「うん」
省吾さんはやっぱりぼんやりと呟いた。俺はうまく言えないまま、うまく言う必要もないのかもしれないと思って、心の中で続きの感覚をとらえている。俺はなんだかうれしかったんだ。省吾さん。俺たちが一緒に負けて、一緒に悔しかったこと、俺はなんだかすごく、嬉しかったんだ。

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