「おいしいと思って」
子供の言い訳だ。省吾はそれを口に出さないまま、ただ、優しく微笑んだ。省吾は腹を立てれば立てるほど笑ってしまう癖がある。それを健も知っていて、だから身を縮めて、「すいません…」と言った。
「辛いのだめなの」
「えー、それってー」
「カワイイ禁止」
「かわいいじゃないですか!」
「いいもうこれ全部食え」
「また省吾さんはそういうこと言うー」
「食えなくしたのだれだ、あぁ?」
「ハイすいません。ハイ。あっビール、ビール飲んでください、唐揚げきましたよショーゴさん唐揚げ、レモンかけますね」
「タケル」
はい、と顔を上げた健は、ひ、と息を飲んだ。えへ、えへへへ、と、わざとらしいほどににこにこと笑んでみせる。自分でも笑っておいてなんだが、どうしてこんなにも腹が立つのだろう、そう思いながら省吾は、むに、と頬をつねってやる。
「いひゃいれす」
「いいか。社会に出るまえによく覚えとけ。他人の餃子にラー油をかけない。他人の唐揚げにレモン汁を絞らない。いいな?」
「ふぁい……」
「わかったら自分の皿にとってからレモン絞れ」
手を離してやる。そうして揚げたての唐揚げを手にして齧る省吾を、健はにこにこと笑いながら、眺めている。なに。
「なんだよ」
「省吾さんて、やっぱり」
「……かわいい禁止。どこにツボあったのかわかんねーよ」
今度は鼻をつまんでやった。呼吸できなくなったせいで口をぱくりと開くので、そこに唐揚げを放り込んでやる。あち、あちち、とはふはふ頬張る健を見ていると、毒気が抜かれる、そう省吾は思う。はなから毒気なんて漏らしたことがあるつもりもないけれど、それでも、健のとなりにいると、なんだか楽だった。そんな感覚は初めてで、うわついた心地になるたび、省吾はよく笑った。笑ってもいいのだった。だって省吾はいつでも笑っている。たいていはイライラしていて、イライラすると笑ってしまって、それで笑っているのだけど。
楽しくて笑ったことなんて、ついぞなかった。
王将は混んでいて、省吾は混んだ店が好きだった。混雑にまぎれると、ひとりぼっちになれるような気がした。ひとの喋る声に混ざるのが好きだった。だれも省吾の心には気づかないで埋れていられるようなところ、そこになにがあるのか気づかないでいられるようなところ、でも、これほどに王将を楽しいと思ったことも、そういえば、なかったはずだった。好きだと思いながら客の声や態度の悪い店員に苛立ってばかりいたような気もした。スムーズに埋没できない嫌なところばかりみつけて、ひとりでにこにこして、ひとりで、必死で、隠れて。
健はラー油をびしゃびしゃにかけた餃子をかじっている。省吾はビールの泡が消えていくのを眺めながら、ふと、健の頭に手をのばした。坊主頭は、触るとざりざりしている。
「なん、ですか」
「おまえ」
「はい」
「おまえ、今俺が考えてること、わかるか」
「はい? はい」
あっさりと健は頷く。省吾は内心瞠目しながら笑い、「なに、言ってみ」と問いかけた。
「俺を好きだなって思ってる。でしょ」
言って、健は確信をついたかのような笑みをうかべて、のぞきこんできた。「ほら」
「うるせえ黙れ」
「ほら。ほら」
「調子のんな」
頭のざりざりは気持ちがよかった。省吾は笑っている。思わず、笑っているのだ。タケル、と呼ぶと、はい、と返事。よい返事。
「ラーメンはんぶんこしてくれるか」
「喜んで」

※コメントは最大140文字、5回まで送信できます