11.会議室にて

#novelmber 2.それでは、

#novelmberは11月にお話を書く企画です。詳細X


 浅野茉優(あさの まゆ)が次の言葉を探している間、男は茉優をじっと見つめていた。表情を読み取って舐め取って丸ごと記録しようとするような目つきで。茉優は神狩ウイを、彼女の妻を探している。そして神狩に会ったはずの男は、「中年女」と話したと言った。確認しなくては。ひとつひとつ。

「わかった。OK」茉優は、ひとまず空間を埋めるために、言った。「わかった、というか、わからないことだらけだということがわかった。しっかり話をさせて」

「ここで?」

 言われて、床に座り込んでいると気づく。よく知らない男と向かい合って、ホテルの、さほど清潔でもなさそうな床に。茉優は立ち上がり、スカートの裾を払った。男も立ち上がった。

「この階の奥に、会議室があるんだ。たいして広くないけど、ここよりは、まあ。借りてあげるから、そこで話そう」

「協力的ね」

「面白そうだから。俺が小説家だってことは知ってるんでしょう。面白い話は飯の種なんだ」

「使うなら脚色してくださいね」

「プロだからね。大丈夫。四捨五入すれば十年になる」男は、口をゆがめ、それはあるいは笑ったのかもしれなかった。

 がらんとした会議室のパイプ椅子を引き、長い足を投げ出して、男は座った。缶コーヒーを飲みながら、頬杖をつく。茉優は水筒で持ち歩いている白湯を一口飲んでから、切り出した。

「ひとつひと潰していきましょう。あなたが一ヶ月前に会った『中年女』は、機関の名前を出した?」

「出した」

「神狩ウイと名乗った?」

「名乗った。てか、この」男はスマートフォンの画面を見せてきた。「そのへんは、編集部宛のメールに書いてある。これ転送してもらったやつ。変わった名前だから、目立ちすぎて使えないなと思って、頭のストックに残ってなかったけど」

「外見をもう一度話して」

「背丈はあなたより低いくらい、140とかそんなところ。白髪交じりの髪を肩口で切ってて、遠目には中学生に見えるような、細い体の女だった。50代くらいかな」

「メールを読んでも?」

「いいよ」

 メールには、機関の名前と神狩ウイの名がたしかに記載されていた。離レ森について調査しているため、「白城美里先生」に取材を申し込みたく、云々。文章の癖、句読点で表現される呼吸感、が耳元で再現された気がして目眩がしたが、ふみとどまる。

「あのさ」

「はい」

「大丈夫?」

「お気遣いなく」

「心当たりがひとつあるんだけど」

「話して」

「――離レ森の占い師は、肉体を乗り換えることができる、って、読んだことがある」

 どこか浮ついた、夢見るような口調で、男は言った。会議室の長机に身を乗り出し、言葉を続ける。

「言ったでしょ。世話になってる人が離レ森の占い師の、孫なんだ。その人の家の本棚で、少しだけ読めたんだよ。肉体を乗り換えたり、別の生き物になったり、自分の体の一部分を自在に取り外したり、そういうことができるって、離レ森の占い師は。そのこと、もっと知りたいと思ってる。調べてくれって頼んであるんだけど、なかなか情報が集まらなくて、そろそろ自分で動いた方がいいかと思ってた。ねえ。それじゃないの」

 ぺらぺらと長く喋った男は、身を乗り出したまま、茉優の反応を待った。

「それ?」

「体を乗り換えた」

「体を乗り換えた。神狩が?」

「噂が本当なら、精神だけ神狩ウイさんで、外側は別の人、ってことが、ありえるでしょう」

 ありえないと一笑に付すことは、茉優にはできなかった。離レ森町の印象にも合っていたし、機関にも離レ森で起こった奇怪な事件の記録があった。そして何より、――神狩ウイは、浅野茉優にとって、「神話」すぎた。やりかねない、やるだろう、理由がなんであれ、必要なら、きっと。

「浅野さん」

「考えてるから待って」

「考えなくてもいいよ。今答えを出す必要はない」

「どうして?」

「俺も協力する。というか、させてほしい」

「どうして?」

「俺は、早くこの肉体を、出ないといけないから」

 茉優は顔を上げた。ふらふら揺れる柳のようにつかみどころがなかったはずの男は、目に光をともして、茉優をまっすぐに見つめていた。

「単なる噂に過ぎないと、ずっとそう思ってた、でも、本当なんだったら、今すぐその方法を知らないといけない。乗り換えるんでも捨てるんでも、なんでもいい。体から脱出できるなら。一緒に調べさせてほしい」

「名前を」茉優は、息をついて、言った。

「砂川和は偽名ですよね? 白城美里先生。本名は?」

「小説家の本名なんてどうでもいいよ。それで呼んで」

「それ?」

「白城。その名前で呼んで」

「白城さん。――奇遇だけど、わたしも体を捨てたいの」

 白城は、はは、と息を漏らして、多分、笑った。「そんなことある? 面白いな。同好の士が見つかって嬉しい。生まれて初めてだ、こんなの」

「それでは、これは、サークル活動ですね」茉優も少し笑った。

「何部? 肉体脱出部?」

「精神転移部?」

「学校全然行かなかったから部活動はじめてだな」白城はひひひ、と声を出した。年相応とも思える笑い声だった。

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