零さんは故郷の街に初雪が降ったという日 、物の少ない部屋でした、大きな冷凍倉庫に入ったことがあるという話をしてください。
通は冷たい部屋にいる。ずいぶんまえから、ずっとそこにいる。ずっと、出られていないような気がしている。だから他の場所に、なんでもいいから他の場所に、入って、出てきたいと思っていた。ずっと。出ていく、ということが、遠くに逃げることで表現できるなら、それでいいとも思っていた。でも駄目だった、結局、穴の底だから、ここは。
「空元くん、俺たちって小学校から、ずっと地元一緒だけど」
「……うん」
「覚えてないと思うけどずっと一緒なんだけど」
躊躇い混じりの相槌の内実に朝日は気づいていたらしく、笑って念を押すように繰り返した。
「悪い、覚えてない」
「知ってる。……小四の冬、工場見学で、冷凍倉庫に閉じ込められた生徒がいたのは覚えてる?」
「いや……」
「いなかったかもしれないな。空元くんはあんまり学校来てなかったもんね」
まあ、そう、と曖昧に頷いて、零は朝日の言葉を待った。
「閉じ込められたの俺だったんだ。五分くらいだったと思うけど。一応病院にも行って、親が迎えに来て、まあまあ騒ぎになって。だいぶ心配されて、そこそこ怒られて。まあ、五分だけだから、別に結局なんてことない、それだけだったんだけど」
「うん」
「……説明できない。すごく広くて、明るくて、果てがないみたいで、うまく息ができない」
「説明できてる」
「皆は外にいて、俺はそこにいるんだ。さっきまで皆そこにいたのに、俺だけ凍ってる。出られなくて……無理だ。うまく説明できないよ」
「できてる。いや、全部わかったわけじゃないが。あと、説明しなくてもいい」
朝日は顔を上げて、零を見た。幾度か瞬きをして、あ、また泣くな、と零は思った。その予見は外れたが、多分うまく堪えただけだったのだろう。
「どこでもいいから閉じ込められて、どこでもいいから脱出できたら、皆のところに帰れるかなと思ったんだよね。ずっと、うまく息ができないからさ。うまく息ができない俺が、あの町ごと消えちゃうような気がしてた、ずっと。でもまだ、穴の底にいる……」
「うまい説明をしなくてもいい。パンを食えよ。僕は何をしたらいい?」
朝日は言われたとおり、クリームパンをかじった。ゆっくり、小さく囓って、咀嚼して、時間をかけて飲み込んだ。そして小さな、ごく小さな声で言った。
「今から、甘えるけど……」
「うん」
「空元くんが優しいのを知ってるから甘えるけど」
「予防線を張らなくてもいい。何」
「誰にも言わないで、このまま、いなくなったままにして、あとは」
「あとは?」
「……行くところがないから」
「ペット不可なんだが」
「ペット」
「隣の家では猫を飼っている。だから、大丈夫」
二十歳になったので、大人なのだと、零は思った。間違いだとしても、それでよかった。

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