通さんは雲と青がちょうどおなじだけある空模様の日、ガラス戸のある縁側で逃亡者についての話をしてください。
イートインスペースというほどではないが、縁側には誰でも座っていいパン屋で、腰掛けた朝日はクリームパンを手に持ったまま、俯いていた。焼きたてのクリームパンはまだ温かいはずだった。
雲がいくつかのんびりと浮かび、日差しをさえぎるこんな春の日に、牛乳と一緒に食べるには丁度良い暖かさで手元にあるはずのパンを見下ろして、零はソーセージロールを食べている。夜中起きていて腹が減っていた。そういえば徹夜だ。朝に見る夢のように不思議な出来事も、だから飲み込めているのかもしれない。
単に、朝日が泣いたから、動揺しそびれたのかもしれなかったが。二年前の姿で現れた朝日、十八歳の朝日通のことで、驚きそびれているのは。
ソーセージを飲み込んで、朝日、と呼ぶ。
「スマホは?」
「ああ……ないかな。ないかも」
「使うか?」
ポケットを探ってロックを解除して差し出す。朝日は瞬きをしてから首を振った。
「だれかに連絡しなくていいのか」
「……よくわからない」
「親とか」
「あのさ」
朝日は顔を上げた。「空元くん、どこまで覚えてる? 随分前のことだとは思うけど、君にとっては」
「どこまでって……」
「穴から、上がれなかったんだ、俺」
「落とし穴?」
「そう。落とし穴見に行ったよね? 俺たち。俺は下まで降りて、指輪を拾って。それから」
「それから……」
それから。
……思い出せない。覚えていない。家に帰ったと思う。帰る前に、さよならのひとつも言わなかった。どうして家に帰ったのだろう。穴に降りるから見ていてと、朝日はそう言ったのに、上がってくるところを、思い出せない。
「さっき。さっきなんだ。俺には。つまり、さっき穴の底に入って、そのまま……」
朝日通は、見上げた空が、随分遠いことに気づく。雲と空が半分の、快晴でも曇天でもない空が、遠ざかっていく。足もとが滑って突き抜ける。手に掴むものがない。伸ばした手の先に、なにもない。
……落ちた。
零は手を伸ばそうとして、うまく伸ばせなかった。それが本当なら、と息を飲んだ。零は目の前にいる相手を唐突に忘れて、見捨てたことになるのではないのか。不安ではなく恨みから、朝日は泣いたのではないか。うまく言葉にならず、しかし朝日は、笑って言った。
「二年もスキップしたなら、皆俺のことはきっと、忘れてるね。逃げ出せたんだ」
「二年じゃ……」
零の舌からようやく転がり落ちたのは、そんな言葉だった。
「二年ぽっちじゃ誰も忘れない。俺だって」
「じゃあ。じゃあさ。空元くん」
朝日は笑っている。すがすがしく、明るく、記憶のままに。どんな会話の中でそう笑っていたのか、いつからクラスメイトだったのか、零はろくに覚えていないのだった。
「皆が俺を忘れるまで、俺を、空元くんの、秘密にしてよ」

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