カテゴリー: 日記

働かないで

「冬休みの会」を構成員2名で結成している。

我々はとにかく2025年働きすぎた。12月は、労働っぽいことは何もせずに過ごした方がいい。労働なんてしなくても、12月にやるべきことはたくさんある。大掃除だってしたいし来年の計画も立てたいしクリスマスマーケットにも行きたい。『落下の王国』を見た方がいいとみんな言っている。

と、思いつつ、「そろそろ働こうかな~」「え? 働くんですか? もうですか?」と言い合って、牽制している。

気をつけて労働っぽいことをせずに過ごさなくては。まあ、マイルドに労働……みたいなことを日々やってはいるのだが、結局……。大きなプロジェクトと取り組まなくても、ちょっとだけ仕事みたいなこと、年内にやっときたいこと、は、いろいろある。これもまた大掃除である。


セーターを編み終わったので新しいのを始めた。しかしもう2回ほどいている。まあまあ高い毛糸をわざわざ買って編んでいるのだから納得のいく仕上がりにしたいので、間違ったらほどいたほうがいい。いいが、15段編んでほどき、40段編んでほどくみたいな感じだったので、痛手が大きくて大分迷った。ほどいたけど。

模様ではなくシルエットで特徴を出すタイプのカーディガンで、レシピブックに載っている通りに編んでいる。模様なら5段も編めば間違っていると気づくが、シルエットはしばらく編んでみないと間違っているかどうか分からないので、ほどく量も多くなる。まあ経験だ、何事も。

三度目の正直で綺麗に編めているが、意地になって3時間、復旧に努めたため、肩が凝った。


Audibleで『長靴下のピッピ』を聴き終わった。最近、編み物のお供は、Audibleで児童文学を聴くスタイルに落ち着いている。わたしはそれほど編み目を見なくても編めるが、全然見ないわけではないため、聴くのに専念した方がストレスないなと思った。Audibleにはせっかく大枚払っているし……。

Audibleは掃除と編み物のときに便利だ。わたしのイヤホンの問題かもしれないが、散歩やジムではよく聞こえないので効力を発揮していない。

『長靴下のピッピ』は好きな話で、特に好きなのは、深夜押し入ってきた泥棒とダンスを踊るエピソード。さびしくて緊張感があり、あたたかく、ワンタイムの友情の話で美しい。

久しぶりに通しで全編聴いて、英雄譚だな~と思った。ピッピが寒い町を駆け抜けて火事を吹くビルに辿り着き、救出劇を行うエピソードの、描写力がすごい。ピッピが本質的に英雄であるということが描かれている。

春日井健の短歌を思いだした。「火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血ぬられて飛ぶ」


カウントダウンエディタの5分モードをちょっとやってみるか……と思ったら、自分が5分でも案外書けるということに気付き、おもしろくなってしまった。ちょっと疲れたりだるくなったりしたらカウントダウンエディタにかけこんで5分書いて頭を叩き起こしているうちに、、1日4本も書いていた。

5分で書いた小説は「ちょっとした話」というページに放り込んでいるので、ちょっとした話が読みたいときにご活用ください。


和牛の細切れが安くなってきたので買ってきてすき焼きをした。最近きしめんが好きなのできしめんを入れて食べた。食文化として合ってはいない気がするが、好きなものに好きなものを足したので気分がよかった。


2013年に書いた小説『魔法少女と世界の終わり』を全文公開しました。

クライマックスがちょっと軽すぎるような気もするけど、かなり力の入った話で気に入っている。

未成年淫行がけっこう大きい要素なんだけど、まあ、破滅してるし、書き方としてはそんなに悪くなかったので、ひとまず修正なく載せた。もっと反省とか内省とか改心とかあったほうがよかった気はするが、年齢の感覚がゴチャゴチャになる話でもあるので、そういう表現でもあったと思われる。多分。

あと未収録は……2016年頃に書いた、難解なのがいくつかあって、上げるかどうしようかと思っていたのですが読んだら割とよかった……傍目にいいかはわからないが、自分の人生を書き留めたものとしては自分的にかなり重要な印象だったので、またぼちぼち上げようかな~と思っている。

データがない、本当に紙でしかないのもあるんだけどどうしようかな……。いったん読み返して考えてもいい。

ここにひととおりまとまっていると、自分的には気分いいけどね。

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何かの回路が開いている

6時に起きて気分良く色々書く。頭がよく動いている感じがする。やっぱり6時には起きた方がいい。22時には寝た方がいい。夜がどんなに楽しくても。


寒い。

うちにはエアコンが一台あり、これだけでは全然家は温まらない。あとは小さい電気ストーブと、デスクの足もと用のパネルヒーターと、電気毛布がひとつある。

電気ストーブは読書室で使うために買った。が、読書室を暖めるにはちょっとあたたかすぎた。ダイニングが寒いのでダイニングに移動させ、読書室は電気毛布で乗り切ることにした。

結果、読書室がやや寒い。ままならないな。

洗面所とトイレも寒い。安くて小さいものでいいから電気ストーブを買いまくるべきなのだが、年末年始には通販をしたくない。しばらくどうにか今あるもので工夫して、一月なかばを過ぎた頃に購入を検討しよう。広くて古い家の、難関のひとつであるな、暖房は。

湯たんぽを作って日中持ち歩き、乗り切ろうと思う。


カウントダウンエディタが楽しすぎて、夢の中でも書いていた。何かの回路が開いている感じがする。いいぞ。

そもそも、小説の個人サイトには、短くてさっと読めるものがたくさんあったほうがいいというのが自論で、書きたいと思っていた。丁度良く、楽しく書いている。

まあでも、書いているのは『アンダーカレント』(この間まで連載していた小説)のオマケなので、短くてさっとは読めるものの、とっつきやすい階層の話とは言えない。独立した短編をもっと書きたい、本当は。


別府旅行計画と、あわせて勉強したことをNotionにまとめなおす。紙の手帳に書くか迷っていたのだが、情報を集めすぎて、どこから何を紙にまとめたらいいのかよくわからなくなったので、下書き的な位置づけ。でもいい感じにできてきた。

勉強を毎月これと定めて、Notionにまとめていくの、かなりいいのではないか。シナリオを書いていると無制限にいろんなことを調べ、いろんなところに書いて散逸させていたが、そうか、Notionでよかったんだ。

これに関しても、何かの回路が開いている。


というわけで、Notionをかなり使いこなしている。日記、タスクリスト、勉強ノート、マーケティング、創作DB、いろいろなことをNotionに放り込んでいる。

手帳もそうだけど、綺麗に使おうと思わずにがしがし書きまくるのが、ハードルを下げるコツだな。

Notionを使い始めて2年くらいは、綺麗に、完璧に、構築するのにハマっていた。それで満足してもう描き込まなくなること多数だった。

タスクリスト、今は、というか、12月は、ざっくりのタスクをボードに書いて、その中に細かいタスクを書いて、細かいタスクをまたボードに書き直して、そこからピックアップした当日分タスクを別途書いて……みたいな感じで、ざくざく書きでいいのでとにかく細かくしていくスタイルでやってみている。最終的に決定事項だけ紙の手帳に書く。いまのところけっこういい。まだ3日目とかだけど。

あと、タスクを細かくする以上に、そのタスクをなんでやることになったのか、どこまで進んでるのか、所感、などをテキストベースで付記しておけるのが一番の強みかもだな。タスクリスト単機能の状態だとコメントが書きづらかったので。

Notionがようやく使いこなせてきている気がする。楽しく使っている。でもObsidianにそろそろ移行したいと思っていたはずだがおかしいな。まあ、Notionにも、気に入らないところや、わかりにくいと感じるところもあるので、大体この路線で、色々なツールを使っていきたい。公開データはHPに置いた方がいいなーとも感じている。


何もかもうまく進まない気がして焦っていたが、思い切って昼風呂に入って以降はすべてがうまく回り、いろいろなことが進んだ。もしかして……寒かったのではないか。


Apple Musicが勧めてくるものを毎日適当に聞いていて、今日はポルノグラフィティだった。ポルノグラフィティはたしかわたしが中学生の時にメジャーデビューし、地元のアーティストなのでラジオでばんばん流れていたと記憶している。聴きまくって青春を過ごした。具体的には、あらゆる小説やあらゆる自カプのイメソンにしてきた。

00年代のホームページの空気感と一緒に覚えている曲や、地元を自転車で爆走している時の景色と結びついた曲がたくさんある。思うと不思議な接続だが、自分の頭の中では、そういうことになっている。

そういえばわたしはMD環境(MD!)がなくて、音楽はカセットテープに入れて、親か兄のお古と思われるウォークマン(ウォークマン!?)で聴いていた、iPhoneを使い始めるまで、かなり長らく、わざわざ。懐かしい。ポルノグラフィティや宇多田ヒカルは、ギリギリ、カセットテープ時代のアーティストなのだ。そう思うとかなり昔のような気がするが。実際30年くらい前なので、まあ、かなり昔かもしれないが……。

ウォークマンのあといきなりiPhoneなのは時代飛びすぎな感じがする。でもそうだったのだ。

友達と「自分の価値観の根底にあるJ POP」の話を最近して、そういうのはあんまり思いつかないなーと言った。ポルノグラフィティはめちゃめちゃ聞いたけど、アイデンティティとは関係ないと思う。「お題」に近い。「こういう価値観(主に恋愛)の人について考えてみよう!」という「お題」だ。

自分の価値観と密接に結びついていると思うものが一曲だけあって、「ネオメロドラマティック」なのだが、これって町の歌だからだと思う。

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年末を乗り切ろう

昨日の鍋の残りにラーメンを入れて煮た。煮上がったものを見て、なんか多いなとは思った。しかしラーメンというのは1回煮たら不可逆なので、多いなという直感を無視して、よそった。

食べていると改めてあきらかに多い。自分の体調を疑いながらなんとか胃におさめたところで、ふと思い立って、麺の袋を見たら、2人分とあった。

人生で替え玉をする機会を逸したままだったがここでやってしまった。ラーメンが視界に入ると恐怖する精神状態のまま一日過ごす。


このあいだまで編んでいた糸(ダルマの「GEEK」)、たしか春くらいに急に欲しくなって30玉くらい買ってあった。HPの情報をよく見たら針が12号とある。

このあいだのセーターは9号で編んだ。どうもUSサイズと間違えて編んでいたらしいのだ。9号針くらいが扱いやすくて好きではあるが、太い針で編んでいいならそのほうがざくざく進むはずなので異論はない。

が、この家には12号の針はない。

去年引っ越すとき、針を置いていた場所の近くがかびていた。旧居は川のそばでかびやすかった。繊維を扱う、しかも竹針が、かびている場所の近くにあったのはちょっとどうだろうと思って、いったん一式捨てたのである。なので、針をぼちぼち買い直している。浅慮だったかなと思わないでもないが、まあ、そもそも大多数が祖母のおさがりの針だったはずなので、そろそろ買い換えてもよかった。

というわけで12号の針がないな……と思い、作業を中座して買い物に行った。

旅行を控えているので不要な出費を避けるよう気をつけている。針だけ買って、30分歩いて帰った。

12号で編んだらふわふわになった。おお……本来こうだったか。すまないね、セーターは、ギチギチに編んでしまって……。まあ、ギチギチに編んだおかげで模様が綺麗に出たかも。そういうことにしておこう。

GEEKは本当に編みやすい糸で質感も色もよい。あんまり「ほっこりニット」に傾かないようにつくりたいので、色がちょっとネオン寄りなところもデザイン問わず使いやすい。ウェアにするにはやや高いのだが、最近は何でも高いからな……。


というわけで散歩をした。

旅先で着ようと思っている服を着てうろうろしたことで練習になってよかったのだが、練習と呼ぶには寒すぎる日だった気もする。こんなに着ているのに芯が冷えるのは困る。この格好で旅行に行こう、足りるはずだと思ってセーターを編み上げたしコートも買ったのだが。

ウルトラライトダウンジャケットを連れていったほうがいいかもしれない。コートは着ていって、最終手段のためにウルトラライトダウンジャケットを一応連れていくのもあり。連れていくなら、このしわしわのウルトラライトダウンジャケットを洗うなりスチームをかけるなり、なんとかしなくては。

検索すると、さすがにユニクロの商品なので、「ウルトラライトダウンジャケットのしわをのばす」で記事を書いている人が大量にいて、心強い。

毎日旅行のことを考えている。とても楽しみ。いろんなところに欲張って行くのではなく、こういう、ひとつの町について知れる限り頑張って知って気持ちを高めていくの、自分の人生にとても必要だと思う。そういう意味では別府ってすごくちょうどいい。行くことにしてよかった。


セーターは、薄手のシャツを選んで合わせたらジャストサイズだった。ぴったりサイズの服を着ると気分がいいな。

肩幅と胸囲が大きいわりに腕が短いので、子供の頃から服に苦労してきた。ぴったりサイズの服なんて着たことがなかったかもしれない。洋裁にハマる人の気持ちがやや分かった気がする。ジャストの服を着ると気分がいいんだな。なるほどなあ。

しかし、色々計算してこのサイズに編めたのだが、何を計算してどう合わせたのか何も覚えていない。手元には、4月頃に計算のためメモしたとおぼしき暗号のみが残されている。


お友達の遠井音さんが先月作ったカウントダウンエディタでようやく遊ぶ。楽しい!

こういうの大好きだ。最初の1分で概要を考え、最後の1分で終わりまで調整し、20秒くらい余らせて全体のチェックを軽くやる、とか、時間配分を考えるのも好きだ。

短編をもっと書きたいと思っていたので、15分とか30分ずつちょこっと書いていくのにちょうどよさそうだし、『閉ざされた狭い家』をどうするかやや悩んでいるので、作業のスイッチを入れるのにもちょうどいいだろう。

最近は文章をけっこうゆっくりめに書いていた。すべてを高速で書く必要はない、ゆっくりじっくり書くことで得られるものもあるけど、高速で書くことで得られるものも、また、あるね。


タスク整理をもりもりやった。

最近は、ざっくり紙でタスクを書き出す→notionで当月分のタスクリストを作り直す、というスタイルにしている。手間だが、結局タスク整理は手間暇掛けたほうがいい。大枠では同じタスクだけど徐々に変わっているものもあるし、先月はこのやり方でうまく回らなかったんだよなというものもあるので。

notionはマトリョーシカみたいに中へ中へページを構成できるので、粒度をどんどん細かくしていくのに向いていると思う。まあ当然、タスクリストとして使っている人もたくさんいて、参考にもしやすい。

まあまあ忙しい。無理なく、遊びつつ、体調管理をしっかりやって、年末を乗り切ろう。

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なにもない休日

40日くらいぶりに「なにもない休日」だった。17時まで寝ていた。体と頭が痛くなり寝ていられなくなって起きる。

特に何か体調不良らしい自覚症状があったわけではなかったがとにかく眠かった。まあ40日ぶりならそういうこともあるだろう。

のそのそと起きて、奥田民生を聴き、冷凍の水餃子を食べる。


さすがに何もしていないなと思ったので、夜から絵を描き始め、1時間くらいで描けるような絵をざくざく3枚描いた。絵というかここから更に書き込んでいく色ラフ程度のやつだけど、まあ練習も兼ねてざくざく描いていく。

過去絵をギャラリーにまとめていて、自分の絵って厚塗りっぽい方がいいな……と改めて思ったので、アウトラインで様子を見るんじゃなくて色で置くのをやってみる。けっこううまくいったので、この感じをベースに3時間くらいかけて描き込んだらいいかも。

絵は8歳から16歳まで教室に通って習っていたが、先生と折り合いが悪く、教室で何かを学んだという気はしていない。2017年から独学で学び直して、改めて、描けるっちゃ描けるようになった。

といってもよく描いていたのは2018~2021年頃で、ここ数年はそんなでもない。忙しすぎた。

忙しすぎるのを改善し、もう少し愉快に暮らしたいと思っている、ので、絵をまたぼちぼち描いている。絵は考え込まない練習の側面がある、わたしには。


デスクを片づけて探し物を見つけた。

デスク、まだ漠然と散らかっているのでどうにかしなくては。ここで本を読むことはそんなにないのに、見えるところにあると嬉しいからという理由で本が積み上がっている。


別府の町歩き動画を観まくっている。観まくったうえで、地図を見て、視界に通した画像情報とMAPをつきあわせ、なるほどなあと思っている。

今回やたらに丁寧に旅先について調べまくっている。調べれば調べるほど、ひとつの街を一日二日で楽しむなんて不可能だな……というよろこびが膨らむ。

「町」は自分の創作物の大事な要素なので、がんがん調べるきっかけになっているのは良いことである。これまで、架空都市をつくるとき、地図を見たり歴史を詰めたりはよくやっていたが、これと定めた町の町歩き動画を観る、も、引き出しに加えていいかもしれない。

あと地元の……広島の……繁華街の町歩き動画を観るのもいいのではないか。広島の繁華街、どこがどう繋がっているのか、実はいまだによく知らない。


家のいろんなところに座って、ちょっとずつ本を読んだ。

  • K・M・ワイランド『アウトラインから書く小説再入門』
  • ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』
  • 『ボルヘス怪奇譚集』

アウトラインから~は2020年に買った本で何回か読みかけて何回か放置していた形跡があり、最初の方は全然覚えていなかったのでまた読み直している。何の話なのか、分かるようになっている……と……思う。というか最近こういうことをやっていたような気がする。

小説技法書の言っていることが最近けっこうわかるようになってきていてうれしい。家には小説技法書が山のようにあるのでざくざく読もう。


17時に起きたからってそのあと3時半まで起きていたのはややヤンチャすぎたかもしれないが、まあ、そういう日もある。

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チマチマのよろこび

セーターを編んだ。

編んだ、というか、4月に編んでいてパーツは編み終わっていたのだが、仕上げるのがだるくて放置されていたものを仕上げた。

仕上げに入ってから、あとちょっとだな……ここだけだな……ここをやれば終わるから……と言っているうちにずるずる時間が経ち、昨日は6時間やっていて、手が痛くなった。

達成感とともに、次のを編み始めたい!!! という、欲求というより強い飢餓感と言った方がいい感覚に襲われる。手が「編むよろこび」を思いだし、「チマチマしたことをやって、楽しくなりつつ、頭の中はからっぽになりたい!!」と主張している。

まあ編み物じゃなくても、ゲーム作っても、HPをいじっても大体同じよろこびだと思うが……。

10月から11月にかけて、全くそれどころではなく、シナリオもゲームも作らなかったし編み物だってしていなかった。よろこびを思いだして、チマチマを、もっとやりたくなっている。とりあえず「編みかけのもの」は何か抱えるとしても、何か他にもやりたいな、この情動を生かして。


実はウェア(着るもの)を編むのは3着目で、セーターははじめて編んだ。5歳くらいで祖母に教わって以降、マフラーは数限りなく編んだが、減らし目のことを考えるのが面倒臭くてウェアに手を出してこなかった。

友達がウェアをたくさん編んでるのを見て、楽しそうに見えて、今年編み始めた。だから今年急に始めたことのひとつだ。

セーターはひとまず課題かなと思ったので編んだが、実際はウールのセーターってあまり着ない。暑がりだから着脱が簡単な服のほうがいい。やはり次はカーディガンだろうか。


12月のwishリストをまとめたので、考えながら生活するようになり、まあまあ捗っている。

大掃除を多少進めたあとで、押し入れから、水彩画の道具を引っ張り出してくる。次は水彩画の教本をパラパラしよう。

ショートブーツは今年は買わなくてもいいかもな……と思い始めた。買ってもいいというかあったほうがいいのはそうなのだが、なにしろ今年はハンモックを買ったので、もう買い物とか別にいいんじゃないのかと思い直している。


大掃除をする都合もあり、家中の灯りをつけて回ったら、けっこうよかった。自分がいない部屋の灯りをつけるのって節約の意味ではよくないと思うが、視覚的な幸福度は上がる。

この家はかなり明るい方とはいえ、冬の間は夏より暗いし、こうやって灯りを増やして生活してもいいかもなと思う。


今日は鍋を煮つつ読書室にこもり、音楽やAudibleを聴きながら、ゆっくり編み物をしたり本を読んだりして、おなかが空いたら読書室を出て鍋をよそって食べる、という生活だった。

巣ごもりの日だった。冬はそういう日が増えるだろう。


ロフティング『ドリトル先生アフリカゆき』をAudibleで聴き終わった。

本編が終わって以降のあらすじ紹介や作者・訳者紹介や、差別的表現における見解パートが、けっこうな分量あって、そうだった、昔の児童文学ってこうだった、ということを懐かしく思いだした。そして本編よりこういう部分が特に好きだった。

ドリトル先生は好きで何度も読んだが、今思うと、わたしはドリトル先生の世界における『月』から多大な影響を受けていると思う。大体は図書館で読んだのだが、何故か『月』三部作だけが実家にあった。読み返したい。

あと時代背景を全然把握していなかったので、今読み返して時代設定を整理すると、色々と気づくことがありそうだ。大体1920~30年代に刊行されたんだな。当時の視点から見る「過去の話」だったのか。

ドリトル先生シリーズってかなりずっと「失われていくもの」と「新しくなるべきこと」について書いていて、「あのころ新しくなるべきだと思っていた、もう今はないもの」について書いているところが好きだった、と、思う。


オーディオブックは目を使わないので編み物のお供に最適かもしれない。次は何を聴こうかな。児童文学をこのまま聴いていくのもいいかも、編み物のお供にするなら。


日記を書くようになって随分すっきりした。

SNSのことは好きだが、好悪を素直に書ける場所では全然ない。SNSばかりやっていたながらくの間、「わたしはこれが嫌い」とか「どうでもいいと思っている」とか、表現する場所がなかった気がする。わたしは本来嫌いなものやどうでもいいものが人より多いのだから、その表現にアイデンティティが含まれていると思う。そういうことを書いた方がいいのだろう。普通に。

「整理はついていないがすごく嫌だと思っている」を、いったん「全然整理はついていないが嫌だと思った」として表現するのも、大事だろうな。

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記憶のヴェールの向こう側

誕生日に、カランダッシュのボールペン&シャーペンのセットをいただいた。だいぶながいこと欲しかったものなので喜んで使っている。緑と黄色がきれいなグラデーションで繋がったデザインで、「うちよそ」だな……と思っていた。という話をしたら、「うちよそ」のお相手さんから贈っていただき、事態は完成した。嬉しい。


Apple Musicで、「平成ヒッツ」という、明瞭ではあるが曖昧なカテゴリの懐メロリストを聴いて過ごす。わたしは昭和生まれなので、平成は自分の人生の内側に丸ごと入っているから、おおむね知っている曲だ。しかし、それにしたって、ひとつのプレイリストにまとめるにはちょっと長くないだろうか。

と、思いつつ、まとめられるとなんとなくまとまりがあるような気もしてくるから不思議だ。

かつてのヒットソングをリアルタイムで聴いていた時期には嫌なこともあったというか、嫌なことまみれだったに違いないのだが、不思議な幸福感に包まれて聴く。郷愁はわたしの創作物の大事なテーマだが、そもそも、記憶のヴェールの向こう側に入ったものなら何もかも好きなのかもしれない。


昼に牡蠣鍋を食べた一時間後、猛烈に腹を下す。

時間が経ってなさすぎるので全然関係ないと思うが(ノロウイルスには潜伏期間がある)牡蠣のせいではないかと怯えつつ、しばらくトイレで過ごし、ヘロヘロになって布団に潜り込んだ。3時間寝たら治った。たぶん疲れか冷えか両方だろう。あとは、気が抜けたか。

広島県民なので牡蠣はそんなに高い食べ物ではなく、まあまあ食べるが、おなかをこわすたび「牡蠣か!?」とは思う。しかしそのドキドキにすら若干ワクワクしているふしがないではない。


12月なので、自分のwishリストを見返し、できたものを整理し、もう年内にはできそうにないものを片づけ、これは12月のうちにできるかもな、と思ったことをピックアップした。

「本の感想を書く」という項目があり、実際夏頃ちょっと書いてたのだが、わたしは本の感想を継続的に書き続けることが本当にできない。でも読書記録ってかっこいいので、書いてみたい、とも思っている、ずっと。

小学生の時、一ヶ月間読んだ本を競うという競技が開催されたことがあり、意気揚々とクラスで一番読んだ。しかし先生は「書いた感想が長い」という基軸を持ち出し、あんまり褒められずに悔しがったという覚えがある。かなり強く覚えているのでよほど悔しかったのだろう。まあ、速く読むのがいいとは、大人になったわたしも思わないが……。

というわけで、感想を書いて楽しく過ごしたいというより、わたしだって書けるもの! 的な、やや卑しい感情がないではない。

ここに書いたらいいんじゃないのか。毎日開くんだから……。


晩ご飯を食べて以降、夜のTRPGセッションまで、YouTubeで別府について調べる。駅の周辺をただ歩くだけの動画などがこういうとき輝いて見える。

駅前の銅像や手湯のこと、地獄巡りのこと、古い遊園地のアヒルレースのこと、公会堂のステンドグラスのこと、「ざびえる」のこと、様々な情報を一気に得た。

編み物をどんどん進めながら、ぼんやり眺めて楽しく過ごした。

普通の人がそんなに工夫なくぼんやり発信している普通の情報が好きだ。だから個人サイトもブログもSNSも好き。最近はYouTubeでVlogを観まくっている。助かる。

そう、今度別府に行きます。別府や大分県について、なにか知っていることがあれば、よかったら教えてください。

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ゆーっくり

スマートウォッチが壊れてしまってから、スマートフォンを寝床に連れて行って、就寝と起床のタイムスタンプを手動で打っている。

眠れないと「眠れなくて起きた」とタイムスタンプを打ち直しているのだが、実は眠れていない時間が5分しかなくても不安感に襲われていることがある。

5分間眠れなかっただけなのでたいしたことじゃないな……と思えるようになり、このタイムスタンプ制度はうまく回っている。

しかし、やはりスマホを持ち込むと他のことをして遊んでしまって夜が更ける可能性もあり、もっと単純な道具があるならそれでもいいと思っている。探し方がそもそもわからず探せていないが。

まあでもスマホアプリって何につけ本当に便利。


ユニクロのウルトラライトダウンジャケットは軽くて暖かいが見栄えがイマイチなので、なんとか……ならないものか。と思って、安いコートを一枚買ってみた。

なにぶん安いものをひとまずパッと買ったので、これで本当にいいかどうかはわからないが、毎年「町歩きに適した程度にかわいくて、あたたかくて、すぐ脱げて持ってても邪魔じゃない軽さのコートが、家にないな……」と思い寒い気持ちで過ごしていたので、まあ、ないよりいいのではないか。

10年前に5万円のショートケープを買った。10年堂々と使えていてさすがにすごいし、今の季節はまだこれでいいのだが、ショート丈なのでおしりより下はずっと寒い。段々、これでは冬が越せない寒さになっている気がする。

服の好みもある程度変わっているし、また5万くらいのを買ったっていいのだが、体型が難しく、コートは軽さも関わってくるから着て合うのを選びたい等と言っているうちに随分経ってしまったので、間に合わせに安いのを買った。別に数着あったっていいんだし。


これを書いている現在には終わっているが、セール最終日だった。あんまりあちこちでセールセールと大騒ぎするのがだるくてTwitterばっかりに書いていたが、Twitterは挙動が安定していなくて、宣伝に使うツールではない、もう、多分。

さほどの強いストレスを感じることもなく終わらせられたが、どこかの時点でキャパオーバーにはなっていたらしく、最終日はほとんど頭が働かなかった。

ぼーんやりネットスーパーを頼み、ゆーっくり月報を書き、ゆーっくり手帳をつけて過ごす。


手帳のつけ方について質問をいただいていますが、写真があったほうがいいかなあ。今度撮って説明するか……。どこかでちゃんと説明したことがあったかもしれないし、なかったかもしれない。

簡単に説明すると、わたしは毎日、タスクリストと時間軸をつかったデイリーログをつけていて、たまった7日分のデイリーログを「KPT」という手法で振り返っています。これが週のフィードバック。月末には、今度は週のフィードバックをまた振り返って、月のフィードバックをやっています。

KPTというのはKeep(続けること)Problem(改善すること)Try(今後やること)をキーワードに振り返るというやつなんですが詳しくはググってください。

できたこと、できなかったこと、やろうとしているが未着手なこと、急にはじめて今後も続けたいと思っていること、を整備して、毎週・毎月のタスクリストを作って、いつ何やるかを振り分けていく、という感じです。

この書き方じゃざっくりすぎてわかんないかもしれないが、まあ、また、今度、気が向いたら、ちゃんと説明します。わたしは手帳をかなり独自にカスタムして使いまくっているので、説明の需要はあるのかもしれない。


ハンモックに、毛布二枚と電気毛布を持ち込み、ダウンジャケットを着て寝ていたら、熱すぎて悪夢を見た。電気毛布は最初10分だけバフとして持ち込んでいただけだったのだが、強力に効果が出てしまった。あわててすべてを投げ捨てる。

冬のハンモック寝でも「暑くなる」ことができる、とわかりよかった。


ついに12月が来る!

去年末に100個考えたwishリスト、整頓して、12月中にやり遂げたいこと10個を絞った。別記事に書く。

人生で「ブーツ」というものを買った覚えがほとんどない。買いたいと思っている。


11月を乗り越えたお祝いに、牡蠣を買ってある。明日は牡蠣鍋。

喜びつつ寝る。

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休まないと回復しない

作業通話で急に水平思考ゲームをやる。そんな元気ないよと言ったが他の人が頑張ってくれて一言二言参加し、結果的にリフレッシュできてよかった。みんなありがとう。そんな元気ない気がするときでもちょっとやってみるものですね。


床に落ちたチラシ、溜まった洗濯物、曇った鏡、葉野菜のない冷蔵庫、何もかもを、どうする元気もなく、ベースブレッドとベース焼きそばを食べてお茶を濁した。

が、とにかく何か家事っぽいことをして料理っぽいものを食べねばと思い、冷凍庫の鮭を解凍して、ムニエルを作った。火を入れすぎて曖昧な仕上がりだったしそのへんに出ていたソースをかけて食べたので100点の食卓とは言えないが、まあいいのではないか。ニンジンも食べた。

チラシを拾い、洗濯物を回して干し、鏡を磨き、足りないものを買い集める元気が出る日はいつだろう。来週には楽になるはずだが……。

しかし昨日よりはマシだった。休めば少しずつ回復する。眠り、食事を取り、風呂に入る度に少しずつ回復する。もう無理! と思ってもいずれ回復するのが不思議だ。

休まないと回復しない。休みましょう。


月末だから忙しいもないではない。今月は週末と月末が一緒に来るので、フィードバックをたくさんやらなくてはならない。

フィードバックは紙の手帳に万年筆で書いている。手帳を見返して主だったことを掘り起こしていき、次にやるタスクを整理しておく。やらないと、自分が今、どの地点に居るのか分からなくなり何からやったらいいのかも分からなくなるので、何時間かかるとしてもやらなくてはならない。大体日曜日にやっているのだが、日曜日にやる元気があるか不明なときは土曜日のうちに進めておくことにしている。

ぼんやりとした生活の塊を削って輪郭をはっきりさせるような作業で、好きだ。時間はかかる。

緑のインクが入った白いペンでざくざく書いて楽しく過ごす。


ハンモックで2時間くらい寝た。寝袋かアンダーキルト(ハンモックの下に設置するカバー)を買った方がいいのだが、ひとまずウルトラライトダウンを着て寝ている。いまのところ支障ない。まあ家の中だし。

さすがに今の装備だと、ずっと寝るにはやや寒いが、それでも2時間とか寝てるんだから、この感じだと夏場はもうここで寝てるかもなと思う。別にその目的で買ったわけではないが、助かるかもしれない。

寝たら頭がすっきりして、小説を書いた。忙しくて何をやる気も起きないと言っているわりに小説を書き、頭のリソースを使っているのはどうなのか。いや、それくらいのほうがリフレッシュするのだろうか。


HP(ここ)に上げるために古い絵を見返してめぼしいものをPUしている。2018年から19年頃の絵、いいものが多い。感情が迸っている感じがする。絵を描き始めて間もないころなので、絵でしか描けない情動が溜まっていたんだろうな。

また絵を描きたい。デジタルイラストもいいが、旧居では広げづらかった水彩の道具がいっぱいある。

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電池切れ

とうとう完全な「電池切れ」の状態になった。何も考えられない。

外出が多かったし作業も多かったし、他にも色々あって、単純に疲れている。

極力人と話さないように、頭を疲れさせないようにしつつ、インターネットで文具の話を眺めたり、風呂に入ったり、ハンモックに乗ったり、HPに既存データを移して成形し直したり、編み物をしたり、頭を使わないことをしてぼんやり過ごす。電池切れしているからと言ってあんまり寝ても夜眠れなくなるので、ほどほどに身を起こしてほどほどに作業するのが大事。

HP関係の作業は以下のとおり。

  • あちこちに散らばっていた「2025年月報」を、全部ここ(新裏庭の日記)にまとめた。
  • 2013年の小説『魔法少女と世界の終わり』を公開作業中。思ったより長かった。
  • 4月に書きかけて放置してあった小説『閉ざされた狭い家』の冒頭部を上げた。ぼちぼち書いていくつもり。1万字くらいかな。
  • TRPG関係のまとめHPもボチボチ作っている。

『狭い家』とは別の小説のプロットもちょっとだけやった。小説プロットテンプレートも載せたいと思って、試しに整頓しつつ書き込んでみている。

人に見せると思うと真面目に使いやすく整理する。結果的に自分のためになる。


月報を読み返して思ったが、「食事はめちゃくちゃでジムに行っている」ほうが「食事は気を遣っていてジムに行っていない」より、元気に過ごしている気がする。なるほどなあ。もちろん「食事に気を遣ってジムに行っている」ほうがいいに決まっているが……。

再三言っているがジムの習慣化が行えていない。いちおう1年間通ったは通ったのだが、ノリで遊びに行っているに過ぎない。まあ行かないよりはいいが……。

ジムが嫌いとか辛いとかは一切なく、行けば必ず楽しい。「家を出る」のがだるいのだ。ジムじゃなくてもちょこっとだけ散歩でも何でもから「家から毎日出る」ようにしないとな。これも前から言っている気はするが……。


まあ、でも……できていない日に、できてないなーと思わない方がいいよな。

炭酸水を買っておいてよかった。ベースブレッドもあってよかった。最低限のものを食べ、どうにか暮らす。そういう日もある。

画像関係の作業が一切できなくなり、頭を使って画像を作っているのだな……と思う。だましだまし、今できると思えることをやった。もっとやりたいこと、できた方がいいこと、たくさんあるが、仕方ないときもある。


HPを作って日記を書き始めたのが10月27日なので、1ヶ月毎日書けた。必ず毎日続けようと思わなくてもいいと思うが、いい感じに続いているのは嬉しい。

20代のころ鬱で寝込んでいた時期、人の書いたブログ記事を探し回って読んでいた。日常的なものであればあるほどよく、いろんなブログを読んだ。コンビニおにぎりのレビューとか、100円ボールペンの書き比べとか。

自分でも「小規模なことがたくさん読める」を書いてみたかったので、続いていてひとまず嬉しい。今後も書いていきたい。自分の書いているものも、ぼんやりしたい日に小さな端末でゆっくり読めるようなものになっているといいなと思う。小規模で個人的なことが好きだ。

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それ自体が何かへの抵抗

広島の地下街には北海道ショップがある。手に入りにくいラム肉もここでは確実に買える。いいなあ、帰りに何か寄って帰ろうと思いながら前を通りすぎ、帰りに通る頃にはへろへろで何か買うどころではない。

というのが続いたので、今度、特に目的なくあのへんに遊びに行ってコロッケとか食べるといいだろう。


寝入りながら、目ざめながら、次に書くものについて考えている。自分の中で書きたい書きたいが盛り上がっている感じだ。何を書こうと思っていたのかは全然覚えていないことが多く、覚えていても使えないことも多い。でも、この「夢の中でまで、考えている」状態が続けば、いずれぱっと書くだろうと思う。コンディションを整えているのかも。

頭の中がようやくゆっくりめになってきて、ぼんやりできるし気持ちいいと感じる。ずっと気ぜわしかった、とても。詰まっていたタスクが終わったというのもあるけど。


フォロワーさんが出した同人誌のキャンセル分が買えて嬉しかった。楽しみだ。


クリスマスが、なぜか好きだ。別に家庭的なとても良い思い出があるというわけではない。最低限のことはしてもらったと思うが。宗教的なバックグラウンドもない。サンタクロースの存在はかなり長く信じていたのだがあまりよくない形で信じなくなったので、比較的、苦い思い出の方が強い。

にもかかわらずクリスマスが好きで、多分「光」が好きなのだろうと思う。闇の中にともる、人工的な光が好きだ。

朝から、ヨーロッパのクリスマス映像などを眺め、いい気分になった。

家のことを済ませ、ぼんやりしていたいという誘惑を断ち切り、出かける。


広島県立美術館に古代エジプト展が来ていて、絶対に行かねばと思っていた。クトゥルフ神話が好きで、クトゥルフ神話は古代エジプトがけっこう関係あるから。

すごくよかった! 今後巡回予定で福岡・大阪・長野と行くそう(もっと行くかもしれない)らしいので気になる方はチェックしてください。

「日常生活」にかなりフォーカスした内容で、わたしが昔読んだ本では日常ラインのことは難しくて研究が進んでいないと書いてあったので、こんなにわかるようになったんだということにも感動した。「人が生きていた」ことが残るというのはある程度平和じゃないと成り立たないこと……と思ったりもした。

「祖先胸像」がすごくよかった。写真自由だったので撮ってきたため貼ります。

古代エジプト人も信仰や死後や祖先を想うためだけではなく(それが悪いわけではもちろんないが)「友達」の像を飾っていたのかもしれないですよね、ということを、展示の一環として書いてくれた「現代人」に強く感謝した。

常設展も「日常」や「生活」にフォーカスした内容でとてもよかった。古代エジプトの日常と昭和の日本がゆるく繋がる展示。どなたの絵だったか失念してしまったが、「反戦の思いから日常を描いている」というキャプションがあったと思う。

「もう失われてしまったけど、確かにそこにあったもの」に強い関心がある。

生まれたときからずっと広島に住んでいる。県立美術館にも、そこに向かう道のすべてにも、わたしの人生がしみついている。この道を何度も通り、そしていずれ今この瞬間すら過去になる。

かつて生きていた人の普通の瞬間が何かの形で残っていること、遺そうとして、受け取ろうとした人がいるということは、自分の日常にも繋がることだと思う。だいぶまえから、SNSやインターネットで、意識的に「日常」を書いている。それ自体が何かへの抵抗、と思うこともある。そう思っているのはわたしだけではない、と感じた。


しかし広島県立美術館は広すぎる。広い美術館があるのは誇らしいことだが、それにしたって、全部ちゃんと見て食事と休憩の時間を入れると7時間くらいかかる。今回4時間くらいで頑張って回ったのでへとへとになった。混んでたのもあるが……。

「ちょっと美術館でも行く」とかではなく、覚悟のレベルとしてはテーマパークである。

あんまりハードルを上げずにどんどん行った方がよくもあるが……。

全部見るのを諦めて数日掛けて見るか、休憩時間をしっかり取るのも含めて朝8時に家を出て9時の開館から閉館までずっといることにするか、どちらかの道しかない。でも常設展が企画展と繋がっていたりしてその日のうちに見ておきたいこともあり、やはり、昼からちんたら出かけている場合ではない。

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人生には裏切りの喜びがある

最近、創作キャラクターの管理に、キャラシを使って整頓していたので、雛型を公開しました。

この間まで書いてた小説は、プロットはほとんど固めないで、その日書いた本文から各々のキャラクターに関係あるところをシートに転記したり要約したりして「こういうことを考えていて、こういう方向に向かいたいと思っている人だから、今後のエピソードでこういうことができるといいだろう」等と考えつつ進めていた。あんまりガチガチにプロットを固めない方がキャラが伸び伸びする感じはある。

自分はぎちぎちのプロットにぎっちりはめ込んでしまって広がりがない傾向にあったので、こういうのもいいなと思う。

プロットを書かないと、見通しが立たないまま書き続けるので、まあ、疲れるのだが……。

プロットや設定管理の雛型も整理できたら持ってきます。


12時間寝て、起きている時間も頭が空白だった。何のメモも取らず、ぼんやり過ごす。

ぼんやりしすぎて、PayPayにたくさんチャージしてしまった。PayPayは公共料金支払いにだけ使っているのだが入れすぎた。ふだんと違うことをすると慌てる。

PayPayで支払える店で使えばいいのだが、PayPayで支払ったことがあんまりないのでやや緊張し、コンビニまでPayPayの練習に行った。セルフレジなので練習に最適。

Blueskyで、ファミリーマートの菓子パンを食べている方を見かけたのを思いだし、買ってみる。菓子パンは「満足感がそこまで高くない割にカロリーは高い」という意味で、ダイエッターの敵のひとつだ。だから、菓子パンを食べるときは甘美な裏切りを感じる。ダイエッターの人生には裏切りの喜びがある。

PayPayで上手に払えた。帰ってコーヒーを淹れ、菓子パンを食べる。結果的に豊かな時間となる。ダイエットは、裏切ったけど。


白菜と鶏肉を塩味で煮てあったものをクリーム煮に味変する。まあ、オーツミルクなので、クリーム要素はないのだが。全然美味しくできて良かった。


先日、タローマンのガチャポンを回した。500円。小さいフィギュアが入っている。我が家のデスクにタローマンがやってきた。堂々としている。

家には太陽の塔のフィギュア(というか、正確にはキーホルダー)もあって大きさも釣り合う。並べて置いて喜んだ。

ただ、あまり目につくところに置くと、タローマンのことをずっと考えてしまうので、あまり目につかないところに飾った。

タローマンの感想を書きたいと言ったまま書いていないのだが、だんだんあまりにも突っ込んだ、政治や思想に関わる感想になってきていて、表に出すのが躊躇われている。でも映画タローマンは細かいところまでよくできた名作だったな……。普通に上映している期間ではなくリバイバル的な時に行ったのだがそれでよかった。10日にわたり毎日行くとかしてしまうところだった。

デスクに置く飾りがあまり増えると困るので厳選していて、「労働」か「芸術」を司るものだけ買っていいことにしている。買おうと思ったまま機を逸しているのは、『悪役令嬢転生おじさん』の主人公のグレイス様のフィギュア。ちょっと値下がりして6000円くらいになっていたので、年末年始を避けてどこかで買おうかな、いい加減……。


来月行く温泉旅行の同行者は鳥に詳しい。突然「県鳥クイズ」を出して遊ぶ。かなりいい線を攻めていて面白かった。ノーヒントのクイズでも、詳しい人は、なんらかの手がかりを持っているものだな。


ふだんは自分の作業通話サーバーにいて、人の流れをみつめ、わりとまじめに取り仕切っている。それは楽しいのだが、たまに人のサーバーに行くと「お客様」なのでリフレッシュする部分がある。

人のサーバーでぼんやりしつつ、HPをいじったり、手帳をつけたりして、いい時間を過ごした。

やりたいことがいろいろあるな……。そろそろシナリオを書きたいし、今月はどうしても作れなかったが、動画も月に1本くらいは上げたいと思っている、本当は。編み物もしたいし、絵も描きたいし。小説も短歌も作りたいし、HPにログをまとめる作業もやりたいし。日記以外のエッセイやコラムも書きたいし。旅行のためにドカドカ調べ物をしているので手帳にまとめたくもある。時間は有限だがとにかく、楽しく過ごしたいね。

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大人にならせてもらっている

昨日急に貼ったこれは、クトゥルフ神話のキャラクターの「深きもの」を、極限までデフォルメしたキャラクターです。いいねコメントでアツく訊ねられたので、とりあえず。

もっと描いてたと思ったけど見つからないな。

こういう、クトゥルフ神話関係のイラストとか、TRPG関係の話をするHPを、別途作ろうかと思っている。散らかっているから……。


外出日ラッシュも今日で終わり。好きで出かけている日もあったがこう続くと大変だった。毎日外出している人が社会の大半だなんて信じられない。

本当に眠く、違う駅で降りそうにすらなったので、買い物とかは諦めて、用事を済ませてごはんを食べてサッと帰る。

途中、タローマンのガチャポンを見つけて嬉しく回す。今月は他のガチャポンも回しており、ガチャポンが大好きで日常的に回している人みたいだが、別にそういうわけではない。5年ぶりくらいに、急に2回やった。


「儀式」が好きなんだな……と思った。

わたしはTRPGシナリオを売っているショップで大きいセールを毎年やっているのだが、セールをやるのは、儀式がやりたいからだと思う。同じ時期に同じように同じ風に過ごしてよろこびをわかちあいたいのだな。

誕生日にはずっと、欲しいものリストからもらったものを開封して遊ぶのをやっていた。皆さんありがとうございます。でもAmazonもな~と思い、時期もちょっと年末に近いのでそれも気になり、別の形の儀式が必要だなと思っている、最近は。


しかしセールをやると気ぜわしすぎる。

11月はセールがあるから他のことは休むぞ、色々やらない生活を送るぞと思っていたのだが、なんだかんだで細かい労働が発生しているし、小説も書いていたし、HPもいじっていたし、大型のTRPGセッションもやっていて、休んだ感じは全然ない。ぜんぜん「色々やって」過ごしていた。うーむ。

余裕がある、と思うと、細かいことを詰め込んで、結果的にきちきちにしてしまう。実際に「何もしないとは何か」に関するビジョンがないかもしれない。頑張らない人生を送りたいと来年の目標に書いたのだが。果たして。


ハンモックが家にあって日々うれしい。なかった頃のことがもううまく思い出せない。苦しみのない世界が生まれ、「苦しみがなくてすごい!」と思う。と、同時に、常に何らかの苦しみがある世界に生きているのだな……とも思う。そういうところがよくないよな~。

苦しみを減らしていこう。


ここ数日、オープンには書けないことが色々あって疲れている。が、色々を踏まえて考え、「大人になった」というより「大人にならせてもらっている」のだな、と思った。相対的に、人と話したり、お互いに悪いところを直したり、若い人の前で大人ぶったりすることで、大人にならせてもらっている。

人と人が関わらないと成長できないとか言いたくなかったが、そういう側面は確実にある。まあ、密接な、パートナーシップでなくても、本を読むとかでもいいと思うが。

みんな相対的に存在しているんだなと思った。

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