セロリが沢山あったので使い切ろうと思い、セロリと肉団子のスープを沢山作ってあった。朝起きると作り置きのスープがある生活、豊かだ。
しばらく気をつけて作りたいな~。あわよくば習慣にして、いつもスープのある家にしたい。それって素敵だ。
料理をするのは苦ではないが材料を買出しに行くのがずっとだるいので、でかけたらその隙にさっとスーパーに寄るようにしなくては。
睡眠薬の減薬がどうもうまくいかなかったと相談したところ、①まず新しい睡眠薬を併用し、②新しい睡眠薬に慣れたところで元々の睡眠薬をやめ、③いずれは新しくふやした方の睡眠薬もやめる、というプランを提案される。
これって……治療みたいではないか。興奮する。
病院にはもうかれこれ20年くらい通っている。安定していたので長らく変動がなく、安定していたからこそ減薬が始まった。随分久し振りに「治療」を頑張っている。いいぞ。
まあ、安定しているとはいうものの、メンタルの具合は去年末くらいからずっと曖昧に悪いのだが。曖昧な悪さなので投薬とかではないっぽい気配を医者から感じているが。
相変わらずアウトラインを書きまくっていたら、ひょんなことから掃除についてわかりを得た。掃除が苦手なので、どうにか得意になりたいとずっと思っている。
たとえばデスクを「場」とか「シーン」だと仮定するなら、デスクに出ている文房具とかは「登場人物」だ。一般に、シーンに出ている登場人物はあまり多いと理解を阻害するといわれている。……ということなのではないか。
片付けとは、登場人物を絞り、必要最低限にして、そのシーンの意義を理解できる状態を維持する行為。
もしかして、そういうことか!?
小説技法書を通じて社会を理解している。そういうところがある。イラストの技法書を読みまくっていたときも、技法書を通じてずいぶん社会にわかりがあった。
嬉しくなってデスクを掃除した。なにはともあれデスクがきれいになってよかった。
色々考えていたのだが、わたしはルーティーンが好きなのではなく改善が好きなのだと思う。ルーティーンのことはむしろ苦手だ。
定期的にタスクやルーティーンがPOPするようにしておくことで、この要素は本当に自分の人生に必要なのかを絶えず考えること自体が好きなのだろう。ということは、減らす、削る、効率をよくする、とかも興味があるかもしれない……というわけでミニマリズムの本を若干読んでいる。
なかなかノリが合わないし、本と文房具と趣味の道具は減らさないと思うと別にミニマリストでも何でもないのでそもそもノリが合うわけないのかもしれないが。
久し振りに白米を炊いた。嬉しくなり、手巻き寿司やる。ツナサラダ巻と納豆巻。サラダ巻が好きだ。
睡眠バランスがグチャグチャなこともあり、4時起きで人と時間が合わないこともあり、しばらく作業通話をやめているのだが、火曜夜だけ定例会があり(今週はずれて水曜夜だった)、色々話す。というか大分聞いてもらった気がする。ありがとう。
収入に直結しない、関係ない趣味があったほうが……といういつもの話をし、ボカロを……買うのは、どうだ。と言われる。かなりいい。買おうかな。ボカロというか、Synthesizer Vを。
まったりと色々話し、24時には解散する。また人里の話を聞かせてくれ、この、暁暮らしの獣に。
しかしさすがに、24時に寝た日は4時には起きない。というか、新しい薬の影響で、翌日は12時まで寝ていた。まあ、ぼちぼち付き合っていこう。

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