カテゴリー: 日記

暁暮らしの獣

セロリが沢山あったので使い切ろうと思い、セロリと肉団子のスープを沢山作ってあった。朝起きると作り置きのスープがある生活、豊かだ。

しばらく気をつけて作りたいな~。あわよくば習慣にして、いつもスープのある家にしたい。それって素敵だ。

料理をするのは苦ではないが材料を買出しに行くのがずっとだるいので、でかけたらその隙にさっとスーパーに寄るようにしなくては。


睡眠薬の減薬がどうもうまくいかなかったと相談したところ、①まず新しい睡眠薬を併用し、②新しい睡眠薬に慣れたところで元々の睡眠薬をやめ、③いずれは新しくふやした方の睡眠薬もやめる、というプランを提案される。

これって……治療みたいではないか。興奮する。

病院にはもうかれこれ20年くらい通っている。安定していたので長らく変動がなく、安定していたからこそ減薬が始まった。随分久し振りに「治療」を頑張っている。いいぞ。

まあ、安定しているとはいうものの、メンタルの具合は去年末くらいからずっと曖昧に悪いのだが。曖昧な悪さなので投薬とかではないっぽい気配を医者から感じているが。


相変わらずアウトラインを書きまくっていたら、ひょんなことから掃除についてわかりを得た。掃除が苦手なので、どうにか得意になりたいとずっと思っている。

たとえばデスクを「場」とか「シーン」だと仮定するなら、デスクに出ている文房具とかは「登場人物」だ。一般に、シーンに出ている登場人物はあまり多いと理解を阻害するといわれている。……ということなのではないか。

片付けとは、登場人物を絞り、必要最低限にして、そのシーンの意義を理解できる状態を維持する行為。

もしかして、そういうことか!?

小説技法書を通じて社会を理解している。そういうところがある。イラストの技法書を読みまくっていたときも、技法書を通じてずいぶん社会にわかりがあった。

嬉しくなってデスクを掃除した。なにはともあれデスクがきれいになってよかった。


色々考えていたのだが、わたしはルーティーンが好きなのではなく改善が好きなのだと思う。ルーティーンのことはむしろ苦手だ。

定期的にタスクやルーティーンがPOPするようにしておくことで、この要素は本当に自分の人生に必要なのかを絶えず考えること自体が好きなのだろう。ということは、減らす、削る、効率をよくする、とかも興味があるかもしれない……というわけでミニマリズムの本を若干読んでいる。

なかなかノリが合わないし、本と文房具と趣味の道具は減らさないと思うと別にミニマリストでも何でもないのでそもそもノリが合うわけないのかもしれないが。


久し振りに白米を炊いた。嬉しくなり、手巻き寿司やる。ツナサラダ巻と納豆巻。サラダ巻が好きだ。


睡眠バランスがグチャグチャなこともあり、4時起きで人と時間が合わないこともあり、しばらく作業通話をやめているのだが、火曜夜だけ定例会があり(今週はずれて水曜夜だった)、色々話す。というか大分聞いてもらった気がする。ありがとう。

収入に直結しない、関係ない趣味があったほうが……といういつもの話をし、ボカロを……買うのは、どうだ。と言われる。かなりいい。買おうかな。ボカロというか、Synthesizer Vを。

まったりと色々話し、24時には解散する。また人里の話を聞かせてくれ、この、暁暮らしの獣に。


しかしさすがに、24時に寝た日は4時には起きない。というか、新しい薬の影響で、翌日は12時まで寝ていた。まあ、ぼちぼち付き合っていこう。

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軌道を逸れた

寒かった。寒かったのに外出した。外で寒いこと自体が不快というわけではなく、ただ、「こんなに寒いならセーターを着たのに!」 という悔しさが募る。ニッターは皆(多分皆)、コートなしでセーターを着られる季節を愛している。作品を見せつつ歩き回れるからだ。

ジレワンピースなんか着てる場合じゃないよ、本当に。もったいないことをした。まあ、ジレワンピースも着る時期が限られるので、喜び勇んで最近着ている服だが。


有賀薫『スープ・レッスン2』からセロリの肉団子スープを作った。大変そうと思って眺めているだけではわからない、全然大変じゃなさが分かってよかった。整頓された、すっきりしたレシピ。

先日、野菜が安いスーパーまで行ったので、たくさん買った。レタスでも何か作りたいのだが、手持ちの有賀さんの本からはうまく見つけられなかったので、あらためて別途探したい。


引き続きObsidianで遊びまくっている。遊びまくっているといってもただ、ただただひたすらに書きまくっているだけなのだが。

とにかくあらゆることを書きまくっているので、副産物として、しばらくブログ更新が増えると思う。

しかし、こんなに書きまくっていて、週休日とは……。


そう、週休日だった。

なにをもって休みとし、なにをもって休めているとするか、は、永遠の課題だ。

人生には、たとえば学習、たとえば労働、に関わる部分、自分の自由には操作できない部分がそもそもあって、家事とか私生活に関わることがあり、余り時間で遊ぶ。いわゆる可処分時間。

可処分時間を、これまでずっと、創作か読書に充ててきた。中学生くらいから、ずっとだ。それでいいと思っていた。

が……労働と趣味の境界が曖昧になって随分経つ。出勤がなくなってからも随分経つ。生活のほぼ全部を自分でカスタムできるようになり、人の都合に合わせて働かなくなり、趣味から収入を得るようになった。収入を得ているということは仕事だ。趣味が仕事になってしまった。

結果、いつが休みなのかよくわからない。

というわけで「週休日とは何か」を、改めて考えた。ひいては「自分とは何か」って感じの思考になり、一日中書きまくることになった。仕事をしていたらこういうのを考える時間は取れないので、週休日に書くしかないのはそうなのだが、こんなに書きまくっていて、「休まっている」のかと言われたら微妙だ。

趣味と労働の境界って曖昧じゃない方が健康。本当は。


パソコンから離れて家を出て、「頭をゆるめる時間」を作る、というのが本当はいいんだろう。頭をゆるめるとは……って感じだが、今度は、更に。


眠かったのだがそれ以上にムッキーちゃんで遊びたくなり、眠い眠いと思いながら八朔を剥く。八朔って美味しい。

しかし、忙しくするべきではないのに書き物をしまくり、ぼんやりしたいのに用事があってせわしなく外出して、眠いと思いながら八朔を剥き、どうも軌道を逸れた一日だったような気がする。

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よろこびもほどほどに

この投稿で、新裏庭(このHP)の日記カテゴリの投稿が200になるらしい。10月末に始めて、あと2週間くらいやったら半年かな。大体半年で日記が200を越えた。伸び伸びと書けていてよかった。というか作品の登録数は232なので、そろそろ過去ログを真面目に上げまくらなくらなくては日記の方が多いサイトになる。まあ、過去ログって言ったって一生分上げているわけでなし、いずれ日記の方が多くなると思うが……。

実はブログは別途あるのだが更新は曖昧に止めていて、最近は全部ここに書いている。ブログの更新って大好きだったが、色々なストレスやダメージが重なり、うまく書けなくなっていた。「創作用のHPの中の日記」というスタイルで書くことは、「創作者です。日記も書いています」という建前によって自分を守るために適していたらしい。まあ、更新頻度や、見てもらっているリアクションの内実的には、どう考えても「日記サイトです。たまに創作物のログも置いてます」のバランスだが。サーチエンジンにもほぼ日記サイトとして登録してるし……。

それが悪いとか嫌とかではない。というか、今のバランスで、完全にうまくいっていると思う。わたしは、SNSでも、感想ブログでも、pixivでも、ファンボックスでもnoteでも、カクヨムやなろうでもなく、「日記サイト。毎日更新。創作物のログも置いてます」をやるべきだったのだ。


Obsidian(テキストエディタ)を使いたいと前から思っていた。というか、Obsidianではテキストエディタ以外にも色々なことができるらしいのだが、わたしは全然……普通に……テキストエディタが欲しくて、テキストエディタとして視野に入れていた。

テキストエディタについては語り出すときりがないのでいったんやめるが、Obsidianを使いたい使いたいと言っていたのを、ようやく導入し、たった30分いじってすっかりハマった。これだ、わたしが欲しかったのは。もっと早く導入すればよかった。

一日の予定をすべてキャンセルし、一日中、Obsidianに書き込んで過ごす。楽しすぎる。この上、いろんなことができるらしい。しばらく遊んでいられるのは間違いない。嬉しい!

本当に、早く導入すればよかった。これから色々気になる点も出てくるのかもしれないが、いまのところすごく楽しい。


有賀薫『スープ・レッスン』から、焦がしキャベツのスープを作った。ものすごくおいしい。

料理研究家のレシピをレシピ通りに作ると、塩だけでしっかり味がしてびっくりすることが多い。これは今後も繰り返し作ろうと思う。


よろこびの多い日だった。

しかし一日はしゃいで過ごしたせいで、というか昨日からどうもはしゃぎすぎなせいで、眠いのに眠れずぐずぐずと過ごした。よろこびも、ほどほどに。

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人間の営みの意義

返信がだいぶんできなくなってしまっていたのでよかったねボタンの機能を縮小していたんですが、返信ができないとしてもコメントがどこかから送れた方が良いか……小説を連載してるし……と思って機能をやや戻しました。

基本返信しないと思うんですが何かあったらまたお気軽にどうぞ。


おしゃべりな日だった。

作業通話をしばらくやっていない。曖昧に聴覚過敏気味で、人の話がうまく聞けないのである。わたしは作業をしながら話をするのが得意だったので(得意でなければ作業通話の主催なんかしない)、人の話がうまく聞けないというのは、疲れているかストレスか、その両方か、だろうと思う。作業をしながら音楽も聴かなくなった。窓の外をひっきりなしに流れていく車の音だけを聞いて書き物をしている。

だが人と話す機会が激減しているので、どうもすごく喋りたくなっている。結果、Blueskyにざっくり5000字くらい、HPの更新分で4000字くらい、シナリオを5000字、小説を1000字、Notionに書いた分も加えると2万字くらい一日の間に書いていた。

口で喋らない代わりに、文字を書きまくっている。まあいい機会かもしれない、いろんなことを書きたくなったタイミングで言語化を頑張ろう。


家の近く、5分くらいのところに「ものすごい定食屋」がある。以後、すご定と呼ぶ。家から5分くらいなのでインターネットに真名が書けないのだ。

だから具体的なことも書けず、以後全部数割のフェイクなのだが、雰囲気だけ感じて欲しい。すごいのである。

シルバニアファミリーみたいなかわいい、おもちゃっぽい内装、ごく小さな店である。ランチがメインだが(なので便宜上定食屋と呼ぶが)飲食店ができることは何もかも全て、あらゆる全てをやっている。酒とつまみ、ケーキとコーヒー、モーニング、全部だ。

ランチがすごい。8品着いてくる。しかも、1つひとつが、尋常でなく手が込んでいる。盛っただけ、切っただけ、みたいなものはひとつもない。盛っただけとか切っただけが悪いとかではなく、ただ、この店には、「ない」のである。

魚のあら炊きがランチのメイン(この時点で既に手が込んでいるのだが)だというので注文したら、「季節の山菜と筍、大根と鶏肉、魚のあらの炊き合わせ」が出てきた。どう考えても別に炊いて盛り合わせている。これ以外に7品である。

すご定を知ってから、「美味しくて嬉しい」とかでは表現しきれない、「人間の営みの意義、労働の幸福と価値、本当にやりたいことを貫くとは何か、人を愛し、人に愛され、自分の行いを愛し、自分の行いに愛されるというのが人生の本質」みたいな、いや、表現し切れていないのだが、すさまじさを感じる。そういうアートだと思う。美味しくて嬉しいが、美味しくて嬉しがっている場合ではない。

あら炊きがすごすぎて、ただでさえおしゃべりモードだった頭が完全に覚醒し、その後はダラダラとBlueskyに書き込み続けて一日を終える。夜更かしした。感動しすぎである。人と話すのや音楽を含めてエンタメを減らしているから、受容体も活性化しているとは思う。


すご定に行ったあとは桜を探して散歩をし、それなりに見つけられて嬉しかった。まあ、広島は川辺に出ればどこかに桜が咲いている、と、思う。

広島は川の街である。散歩のルートは実は自由ではなく、どこでどう橋を渡るかが肝だ。だから、どうせ川辺を歩いていることは多い。

ソメイヨシノの花は光に似ている。いつもの川辺がスポットライトをつけたようにあかるいのを眺め、満足した。雨で流れたかと思ったがまだけっこう咲いていたので、あと数日くらい、出られそうなタイミングがあるなら積極的に見に行こう。

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あえて、ここ、で咲く

ムッキーちゃんを久々にとりだして、甘夏を剥きまくっている。ムッキーちゃん、ご存じだろうか。柑橘、それも大きい柑橘、グレープフルーツとか、八朔とか、甘夏とか、ふさの薄皮を剥いて食べるタイプの、がっしりした柑橘を剥くための専用の道具である。すごく便利で楽しい道具なのでご家庭にひとつあったほうがいいです。

ムッキーちゃんを使うのは楽しい。ふさをばらすところだけ道具の力が借りられないので手間取るが、あとはさくさくやっていれば終わる。気持ちよすぎる。もはや剥くために柑橘を買うようになる。

調子に乗って、甘夏をまるまる2つ剥き終わり、全部ホットケーキに入れて焼いた。が、さすがに甘夏の量が多すぎ、一体感がなかった。甘夏とホットケーキを一緒に口に含んでいるだけだった。ホットケーキが主の位置じゃないと、果物入りホットケーキとして成立しないな。

ガラスの蓋付き容器が欲しい。剥いた甘夏なり八朔なりを放り込んでおくから。きらきらしてきれいだろうと思うし、3個でも5個でも、食べる量を度外視して剥きたいだけ、剥きたいときに剥けるし……。


新しいシナリオを書いている。新しいシナリオを書いている、って言うけど、いつも何かを書いているんだから、新しいシナリオを書いているか、書きかけのシナリオを進めているか、シナリオがそろそろ書き上がるか、常にどれかなのだが……。

Canvaでシナリオの要素分析をやり、方向性を固めた。最近はCanvaのホワイトボード機能にハマっていて、マインドマップとかチャートとかをがんがん作っていろいろ分析したりネタ出ししたりしている。楽しい。

最近読み終わった『アウトラインから書く小説再入門』にも、マインドマップで小説のネタ出しをする方法に軽く触れられていた。マインドマップって書き慣れるまでにかなりコツがいると思うが、そのぶん気軽にがんがんいろんなことで使って慣れるといいよなと思う。

マインドマップ、紙に書く方が無限にならなくていいという人が多い印象だが、どうせ画面内に納まる程度に作るのでその点はあまり関係ないような気もする。いずれにせよマインドマップのコツは巨大にしすぎないことだと思う。あんまり大きいと、あとから見返すとき迷路になってしまうので。


ここ2年くらい、Canva(オンラインの画像加工サービス)、Notion(メモアプリ)、ココフォリア(TRPGセッションツール)を使いまくっている。どれも、痒いところに手が届かないのを、無理矢理使うタイプのツールである。枠線をつけるために、2ミリ大きい画像を下に敷くとか、そういう痒さ。痒さに耐えられる人だけが使えるツールたち。

どのツールも有志が使い方を考案して色々工夫している。本来の使い方じゃないけどツールに負荷はかけない範囲の、驚くべき使い方が日々見つけ出されている。ひらめきとアイデアがすごくて感心する一方、このひとたちはもっと「痒くない」ツールではなく、ここ、で、ひらめくことを選んだのだな……自分の咲くべき場所を、ここ、と定めて……という、謎の畏敬が生まれる。

何かに似ていると思っていたが、百均やIKEAやニトリの安価な商品を工夫して、想定と違う使い方で収納するYouTuber、あれにも似ている。あれも、「このひとたち、棚の隙間が2センチ開いてるんだよなとか、そういうことをずっと考えて百均をうろうろするんだな……」という、その頭の使い方や記憶力がすごいという驚きがある。たまにYouTubeで観まくってしまう。

しかしまあ、わたしだって、TRPGのルールブックや設定資料集のデータを頭に片っ端から叩き込んで、抜け道を探ってはシナリオフックにしているんだから、似たようなものなのか。そうかもな……。小説を書けば自由にできることなのに、あえて、ここ、で咲くことを選んだのだ……。

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がっかり感

寒い。が、暖房を入れるほどでも、セーターを着るほどでもない。しかし歴然と寒いので、「デスクがあたたかいためデスクから離れない問題」と再会している。

デスクから離れないと、食事をデスクでとってしまう。食事をデスクでとってしまうと、仕事の資料をパソコンで読みながらの食事になり、休まらなくてよくない。

ダイニングにはちゃんと電気ストーブがあるのだから、いちいちつけよう。あと、せめてもう一枚着た方がいいのかもしれない。ちょうどいい服がないんだよな。


朝4時に起きたときのやる気がすごい。しかしむしろ、朝6時に起きたときの、朝に追いつかれてから起きてしまったという、がっかり感が発生するようになってしまった。それはそれでどうなのか。6時だって朝には違いないし、なんなら大分早い。

暁の労働、暁活をとばして、普通に朝活から始める日もあっていいし、そういう日の組み立て方、切り替え方も考えた方がいい。


玄米は浸水に時間が掛かる。はっと気づくと食事の時間が迫っており、浸水をしていないことがよくある。食卓に米が上らないと、なんとなく食べ足りず、おかしを食べてしまったりする。玄米ではない普通の、精米された白米も買っておくことにした。気持ちの余裕に応じて食べ分けよう。


スーパーに行く心の余裕がないときがけっこうあり、結果としてコンビニで醤油とか買うようになってしまった。「近所の個人商店」くらいの感じで日用品をコンビニで買っている。まあ今どこもなんでも高いから額的に大差ないような気がする。

しかしスーパーには何もかも、本当に何もかもが置かれていてびっくりする。

家でつくれる範囲のおかしをちょっと作りたいと思っている。最近おかしを買いすぎなので。紅茶にビスケットをひたして食べるのにハマり、ビスケットを食べ過ぎた。あと、ポテトチップス。わたしの人生を呪いのように蔽っている、ポテトチップスという存在。

ビスケットやポテトチップスを作るわけではないが、レンチンマグカップケーキくらいの準備があってもいいように思う。ということはベイキングパウダーを手に入れなくては。さすがにコンビニにはないと思う。

どうも最近おなかが空く。困ったな。鬱が抜けたのかもしれないけど。


Notionのデータベースでランダムにn件表示する方法(2025summer)|ねここ (※リンク先note)

Notionでのランダム表示の方法をいろいろ試した結果、タスクリストからランダムに引っ張ってきて月間ダッシュボードに表示するなどができるようになった。タスクの埋もれ防止になることを期待。そもそもはシナリオを書くために必要で調べていたのだが、新しく覚えた機能は日常的に使って様子を見るのが一番良い。

Notionっていろんなことができるんだな~。いろんな「ここがな~」がないではないのだが(ランダム表示もけっこうめんどくさい)、結局慣れてしまい、使いまくっている。あまりにも使いまくっている分、落ちたらどうしようと思うが。

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わたし、朝でございます

朝というか深夜というか、いつも通り暗いうちから書き物をして過ごしていたら、背後がさあっと明るくなった気配を感じる。春の朝は冬と比べると光が華やかで、夏と比べると光が繊細で、光っております、わたし、朝でございます、今まいりました、と長いスカートの裾を揺らすように現れる。

こんなに光っているのだから……外に……出た方が……いいんじゃないのか!? と思うものの、朝7時くらいってそろそろ通勤通学の始まる時間ではないだろうかと思うと、邪魔かなとも思ってしまう。まあでも、今度思い切って出てみよう。

夏になれば4時や5時にはもう明るいだろうが、夏の朝というのは、違うからな、色が。


スープ作家の有賀薫さんが好きで、本をいろいろ持っているのだが、あまり新しいレシピを試せていない。何かやりたいな~と思って、手持ちの本をすべて読み返した。が、目移りして結局決められず、野菜を買ってくるところからやるか……と思う。

スープを飲んでいると体調もいい気がする。いつも結局ミネストローネと豚汁を交互に作っていて、たまに玉ねぎのかき玉汁を作る。本は沢山持っていてたまに作ってみるのだが、レシピが定着することはあまりなく、ただスープにする前に野菜を蒸したほうがいいとか、簡単なTipsだけが手元に残っている。

レシピ本を読むのは子供の頃から好きだったが、実践したことはあまりなかった。ぜんぜん、レシピ通りに料理をしないタイプだ。材料を買い集めるお金がなかった時期が長かったので、全部、手元にあるものや揃えられるものでなんとか突破してきた。

今はどちらかというとレシピを頼りに材料を買った方がいいのだから、月にひとつは新しいレシピを試すとか、そういうスタイルでもいい気がする。

有賀さんのことは、料理研究家だからというより、「毎日SNSにスープを上げ続けている人」として関心を持つようになった。自分も毎日とか毎月とか更新し続ける「勢」なので。「連続更新勢」として。だから、こんなに本を持っていても、レシピをすごく参考にしているわけではない、という、謎の立場。


3月の月報に最終更新をかけた。本が沢山読めていい月だった。

シナリオ、次に何を書こうか、3日か4日くらい迷っている。でも、よく考えると、シナリオを書きたいというよりも、何かテーマを決めて勉強して、それを何かの形にまとめたい、というほうが強いのかもしれないとも思う。少なくとも、今の気分としては。

なら、何かを書くか、何を書くかはさておき、テーマ「幽霊」で引っ張り出してきた数冊の本を、とにかく読み終わるべきではないか。そのつもりだったはずだと思うのだが、『ブランビラ王女』がよすぎて、やる気を攪乱されてしまった感もある。『ブランビラ王女』は幽霊の話では全然なく、イマジネーションやファンタジーの話で、そういうのは大好きなのだが、イマジネーションやファンタジーの話ばっかりをちょっと最近書きすぎなので……。

ファンタジックではないものをしんみり書きたい気がするのだが、まとまらないので、『ブランビラ王女』から帰ってこられていないのかもしれない。あまりにも『ブランビラ王女』から帰ってこられないようなら諦めよう。

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深い穴を降りるための梯子

減薬を諦め、睡眠薬を飲んだ。さすがに睡眠が細切れすぎて生活に支障が出ていた。もう次の通院日までおとなしくこれまで通り飲もうと思う。

うまく行かないこともあるんだな。まあ、ないことはないだろう。

去年、それまで飲んでいた全量から半量に減らしたときは、すごく具合がよく、なんでもできるようになり、そのタイミングでこのHPも始めたし、急に本が読めるようになった。

そういう奇跡を期待していたが、そうはならず、ただただ眠いだけだった。残念。

ぐっすり眠れて頭が動くようになりよかった。


せっかくぐっすり寝たのに、冷凍したピザをリベイクして食べるたび眠くなる。睡眠薬とは関係なく、普通にチーズの影響だろう。春にピザなんか取るべきじゃなかったんじゃないか。


4月のタスクを整頓して過ごした。4月には大きいタスクがひとつもない。跨がせずに3月を終えた。5月のタスクを前倒してもいいし、細かいタスクをやりまくってもいい。自由。

嬉しい反面、つかまるところがない穴を降りているような、心許なさもあり、いつもよりしっかりめにタスク整理をやった。タスクリストは深い穴を降りるための梯子だ。

まあ、ぼんやり散らかった部屋を片づけるとか、しばらくまともに行けてないジムにもっと行くとか、1月から3月まで嵐のように過ごしていた期間を取り返した方がいいのはそう。嵐のようだった割に、さほど荒廃していなくて、それはよかったが……。

1年間で気候が良いのは4月だけだ。タスクをギチギチに詰めて解消しまくるより、のんびりゆっくり、なんて素敵な日なんだろうと毎日思いながら生きたほうがいいのかもしれない。タスクを抱えていないと、心許ないものの、頭がスッキリしていてすがすがしいのも確かだ。


ほうじ茶を飲みまくっている。コーヒーは1日2杯紅茶ならその倍、までと決めているが、ほうじ茶には制限を設けていない。だから結果的に水分が多く摂れていていいかもしれない。

そろそろ冷たいお茶でもいいかと思ってティーコジーを外してしばらく過ごしていたが、思ったより寒いというか、寒さが戻ってきたようなので、またかぶせるべきだろうか。ティーコジーをつけないとほんとうにすぐ、30分くらいでさめてしまう。ティーコジーがあると3時間くらいあたたかいように思う。偉大な存在だ。


最近また小説を書いている。小説は10歳くらいから書き始めて、まとまった分量きちんと完成させられるようになったのは多分15歳くらいからだ。それから30歳くらいまで、だからまあ一応20年間くらい、考えようによっては15年くらいかもしれないが、小説をメインに創作をやっていた。

シナリオを書き始めて、来年で10年になる。ほとんど毎日せっせと書いていて、まあ、人生の主軸になったといって差し支えないと思う。

シナリオが創作のメインになってからの年月が上回る可能性もないではないんだな。シナリオは遊んでくれる人がいないと書いてもどうだろうと思うと、あと10年、回りに人がいて、ゲームをゆっくり遊べるような自由な国のままであればということだけど。

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溶けていく

寝ても寝ても、寝ても寝ても眠い。ログを見たら30分おきに布団かハンモックに戻っていた。それは、「いったん起きた」ですらない。とにかく眠りまくって、16時にどうにか風呂に入りようやくまとまった時間起きていたがまた寝て、19時からはしばらく起きていた。

睡眠薬の減薬を始めてからずっとこんな感じで、飲まない方が眠い。眠れていないのだろう。減薬、やめたほうがいいのではないでしょうか、こんなことでは。週休日だったからいいっちゃいいのだが、ふだんからこんな感じだと、生活に支障が出すぎる。何もできない。

しかし布団とハンモックがあるとぐるぐる移動しているだけで際限なく眠れるという側面はある。


ピザをとった。ピザが食べたかったというわけではないのだが、クーポンに流される形で……。まあ、わたしはピザをラップにくるんで1きれずつ冷凍して、しばらく非常食にするので、1回とったらけっこう長持ちする。ハンバーガーを宅配してもらうとかより経済的まである。

小麦粉とチーズが大量にある国の食べ物だなと思う。逆に考えると、小麦粉とチーズが大量にあるなら、ケの、普通の食べ物なのだろうな。異世界ファンタジーを書いていると、ここ何食べるんだ、まあ、チーズか、と思うことがけっこう多い。チーズって日持ちがして便利だ。タンパク質だし。

床に座ってピザの大きな箱を広げ、ぼんやり三切れくらい食べた。意識が茫漠と広がっているなかに、あたたかくて味のするものが混ざり合い、溶けていく。


子供の頃「ピザポテト」というポテトチップスが発売された。今でも売っている。幼少期のわたしはこれが好きで、多くないお小遣いをやりくりして月に1回くらい買っていた。本物のピザより「ピザポテト」を先に覚えたような気がする。

だから本物のピザは「ピザポテト味」だと感じることがある。両者は実は、さほど似てはいないが……。「ピザポテト」のポイントは、粉っぽいところだから。

「ピザポテト」はとにかく味の濃いポテトチップスなので、大人になった今となっては大分重いのだが、激しい郷愁に導かれてたまに食べている。


小説を書き、キャラデザを少し固めた。いい感じ。

最近、アウトラインから小説を書く指南書を読んでいるのに、たいしたアウトラインはかかず、行き当たりばったりに小説を書いている。読んだ本を全然生かしていない。シナリオの方でアウトラインを書きまくっているので、いいだろ小説くらい、肩の力を抜いてダラダラ書いても、と思っている。

まあ、自分でもこのあとどうなるのかわからないくらいのほうが、萌える、のは、そう。偶然に身を任せながら書いていると、他人事っぽくていい。

心にキャラクターが住んでいると、心が安らぐ。話も段々転がるようになってきて、暇なとき考えていられて助かる。


花見に行きたかったがこう眠いと無理だな。そもそも雨だったし、散っちゃったかもしれない。

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自分のホーム

おなかが痛くて寝ていた。鎮痛剤がこの家に1錠しかなく、飲むか判断するのもだるい。鎮痛剤、なくなった時点で買っておいてほしかったですが、と、過去の自分に力なく問いかけるも、返答はない。もういない人だからな。

睡眠薬を減らしているところなので、よく眠れない上おなかも痛くてたいへん困る。というか、おなかが痛いならその痛みでよく眠れるか? と思ったが、そううまくはいかず、おなかも痛いし眠れていないだけだった。せめて睡眠薬はしっかり飲んで寝るべきだった。ハンモックに揺られながらスマホで作業。ぼんやりと苦痛に立ち向かう一日。

ごはんの準備もめんどくさくて、バナナヨーグルトと袋ラーメン。あってよかった、バナナとヨーグルトと袋ラーメンと冷凍野菜という、これらすべてが。おなかが痛くなるということを予見していたかのようだ。

袋ラーメンは、冷凍野菜をちゃんと蒸してから、いったんスープを作って、そこに麺を入れるスタイルにしてみている。ラーメンってそれ単体で完成した料理というよりスープ+麺なんだなと思うと割ととっかかりがある。


シナリオのネタ元の本を読み終わる前にシナリオを書き終わっていて、書きながら読み終わることはなかなかない。まあ使うところだけ読めてればいいっちゃいいのだが、読みかけの本がどんどん散らばっていき、興味関心事が薄ーく広がっていく。そのジャンルに精通するまで読むとはいかないにしろ、1ジャンルごと多少まとめて倒していったほうがいい、本当は。

「シナリオのネタ元にするために本を読む」の順以外にも、「本を読んだのでシナリオのネタ元にする」をやったっていいと思う。同じネタで2回以上書いたっていいんだし。

幽霊でしばらく書こうと思っていたのだが書き終わってしまった。出してきた幽霊関係の本が散らばっている。きちんとしたホーンテッドマンションものとか、そういうプロットを考えるべきだと思う。せっかく出してきて、せっかく読むきっかけを作ったんだから。


BL小説を書き始めた。あんまり深く考えず、キャラを4人と舞台になる町の設定だけ軽く決まったので、まあやってみるかと思ってぼんやり書き始めている。なんとなく動かしつつ書いていく予定。

でもまた、「メインのカップルが初回に登場しない」地味な始め方をしてしまった。

頭が暇で何かキャラクターとかを動かしたいと思ったのもあるが、小説をチマチマ毎日書いているとHPがいじれて楽しいというのもある。HPをちょっとずつ動かしていると、文字通り自分のホームがある感じがして、心が安らぐ。


なんだかんだで3月のふり返りを大体完了させ(大体なのは、まだ3月は残っているから)、4月のダッシュボードを作り、タスクも整理したので、4月は無事始められる。

4月はHPの整備をもうちょっとやりたいな。そろそろ新裏庭も半年くらいだと思うが、日記以外ろくに更新していないのだった。日記サイト。それはそれでいにしえの風情があっていいが。


考えることがたくさんあってめちゃくちゃ頑張っていた時期をいったん抜け、「これ以上頑張ると、メンタルがおわってしまう」という判断で、選択的に暇をしている。4月の、少なくとも前半は、ささやかなことを優先させたい。

それはそうと頭の中が暇だと困るので、新しいシナリオもぼちぼち考えて、書きたいが。何が書きたい気分かなあ。

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明るい話を読んだ方がいいのか?

けっこう忙しかったのに、創作BLのセットアップを始めたら夢中になってしまい、3時間くらい溶けていた。最近、集中してハマれて「完全に収入と関係ないこと」(いわゆる、業務外のことであり、いわゆる、趣味)というのがなく、入眠前に暗くなっていた。入眠前に暗くなっても意味ないのでおもしろいことを考えながら寝た方がいい。

睡眠薬の減薬中で、睡眠薬を飲んでいるときより入眠が遅いので、なおさら困っていた。しばらくこの人達に遊んでもらいましょう。

近々書き始めたい。


ちょうど去年の今頃、「ひよりと胡蝶」を書き始めたらしい。

そのまえに二次創作のBLを、毎日、画像形式でBlueskyに投稿していて、二次創作って文脈の共有が面倒だなと思っていた。わたしのTLは昔から、同じジャンルじゃない人の方が多いので、二次創作を書いても同じジャンルじゃない人の方がよく読んでいる状態が発生しがちである。

毎日書いて画像形式でTLに放流して読んでもらうなら、オリジナルでいいかというか、オリジナルのほうがいいか……と思った。

結果書いたのが「ひよりと胡蝶」で、完全に続いた話にしたせいで途中から話が転がらなくなったので、きりのいいところで止めてある。また書いたっていいのだが。

毎日TLに置くことを目的にするならはっきりした筋がないほうがいいんだろうな。まあ「アンダーカレント」も毎日更新はしていたか……。アンダーカレントははっきりした筋がありすぎたので画像にはしなかったのかも。群像劇だし。

また小説を書きたい。というか、途中で止まっている話もありそれもいじりたいが、いや~時勢がどんどん悪くなっていて今更暗すぎる話は書けないかもしれない。書いておくべきだった、去年のうちに。来年にはもっと悪くなっているかもしれないと思うと、せめて今のうちに書いておくべきになるのかもしれないが。


冷凍食品を買いにコンビニに行って、ついでに、広島風つけめんを買って帰る。そうだった、暑くなると、冷やし中華と広島風つけめんばっかり買ってしまうのだった……ということを思い出す。

空気がぬるくて嬉しい。シャツ一枚で外に出ても全然寒くない。セーターの季節は完全に終わったな。


ホフマン『ブランビラ王女』を読み終わった。基本的にずーっと煙に巻かれる話なのだがその割にびっくりするくらい長くて(とはいえ一冊の文庫本に入る程度ではあるが)、こんな長さ煙に巻かれていたらメチャクチャになっちゃうんじゃないかと思ったが、オチがあざやかに終わっていて、すごくよかった。いやーめちゃくちゃよかった。

『くるみ割り人形とねずみの王さま』と『ブランビラ王女』が入った光文社古典新訳文庫版で、両方よかったが、『ブランビラ王女』は明確に男女間の恋愛もので(くるみ割りもまあそうではある)、明るくてラブラブな恋愛ものでしかも男女というと自分はやや苦手意識があり、こんなによくなれるとは思わず、びっくりした。内容がメチャクチャなので何がよかったのかはよくわからないのだが……。

いや、でも、「本当に狭い場所で、イマジネーションが花開く」という筋だと思うと、好きなのは当然か。

ホフマンってはじめてちゃんと読んだがかなり好きかも。もっと読もうかな~。


読んでる本が、いつも、何もかも、暗すぎる。ホラーを書いているので当然といえばそうなのだが。

『ブランビラ王女』は明るい話だったので、もしかして、もっと、明るい話を読んだ方がいいのか? と思った。

最近本が読めていて嬉しい。集中力が持続するようになった。

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二次創作の才能がありすぎる

入眠に失敗して3時間寝たり起きたりを繰り返し、諦めて睡眠薬を飲んだ。そのあとはぶっ通しで8時間寝られて、久し振りに早朝起床がなかった。

朝、日が出ている時間に起きると、もはやなんだか落ち着かない。世界にみんながどんどん現れ、気ぜわしい気がする。うまく朝に乗れなくてぼんやりと朝を過ごした。


急に書きたくなったので小説を書き、短歌を詠み、絵を描いた。

なんだか最近、創作が色々やりたい気がしているのだが、特に思いつくことがなくてもぞもぞしていた。きっかけが掴めたのかもしれない。

長いシナリオが書き上がって、頭の中にごっそり余白ができ、暇なのだと思う。暇なのはいいことだ。ダイスを振るとかしてフックをまた捕まえてこようかな。古い自作小説を読み返して書き直す、とかも、やりたいと思っていた、そういえば。

創作BLが書きたいな~と思うが、こういうカプで萌えたいな~と思ってセッティングしてもうまく萌えるとは限らず、別に萌えとは何にも関係なく考え始めると急に萌えたりするので、わたしは創作BLに向いていない。自分の小説の二次創作の才能はあるのだが。というか、二次創作の才能が、ありすぎるのだが……。

自作シナリオのNPCの二次創作を考えるのも得意だ。二次創作なのに権利者がわたしなので、ややこしいと思って、黙るようにしているが。あれの二次創作なんだろうなと気づいても黙っていてあげてくださいね。ややこしいから……。


だらだらおかしを食べ、だらだら創作活動にいそしみ、ぼんやりと一日を過ごした、という認識だったが、記録を見返すと、掃除はしているし、料理もしているし、ノートをまとめてフィードバックもちゃんとやっているし、HPをいじって月報も書いていた。いうほどだらだらしていない。

だらだらしようかな~と思った日は機をつかんでちゃんとだらだらするのもいいよなと思うが、だらだらが下手なので、まあ、こんなものなのだろう。

おかしを食べまくったのを挽回するため、夜はおかゆにした。


ぼんやり手を動かす程度の絵だったが、それでも今月はちょこっと絵が描けて嬉しかった。

絵は子供の頃から好きだったらしく、習いに行ったりもしていたのだが、おどろくほどうまくならず、ずっとコンプレックスだった。まあでも、別にうまくならなくてもいいよな、と最近は思っている。これでも悪くはないし、褒めてくれる人もいるし、ほっといても意外と案外前より形が取れてたりするし、楽しければいいのだろう。

どっちにしろ、手を動かし、描かないと、成果物は生まれない。うまくても、うまくなくても、うまくなってても、なってなくても。手を動かし、成果物を産んだことが大事。残るし、気持ちよくなれるから。


以前は読めずに苦労していた本がざくざく読めるようになっている。SNSを減らしているからかなあ。K.M. ワイランド『アウトラインから書く小説再入門』、以前半分くらいまで読んで眠らせてあったのを頭から読み返し、1時間くらいで半分読めたので、再読とはいえさくさく読めていておお……と思った。

本が読めるようになっているなら何よりだ。読みたい本も読んだ方がいい本もたくさんある。

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