人間の営みの意義

返信がだいぶんできなくなってしまっていたのでよかったねボタンの機能を縮小していたんですが、返信ができないとしてもコメントがどこかから送れた方が良いか……小説を連載してるし……と思って機能をやや戻しました。

基本返信しないと思うんですが何かあったらまたお気軽にどうぞ。


おしゃべりな日だった。

作業通話をしばらくやっていない。曖昧に聴覚過敏気味で、人の話がうまく聞けないのである。わたしは作業をしながら話をするのが得意だったので(得意でなければ作業通話の主催なんかしない)、人の話がうまく聞けないというのは、疲れているかストレスか、その両方か、だろうと思う。作業をしながら音楽も聴かなくなった。窓の外をひっきりなしに流れていく車の音だけを聞いて書き物をしている。

だが人と話す機会が激減しているので、どうもすごく喋りたくなっている。結果、Blueskyにざっくり5000字くらい、HPの更新分で4000字くらい、シナリオを5000字、小説を1000字、Notionに書いた分も加えると2万字くらい一日の間に書いていた。

口で喋らない代わりに、文字を書きまくっている。まあいい機会かもしれない、いろんなことを書きたくなったタイミングで言語化を頑張ろう。


家の近く、5分くらいのところに「ものすごい定食屋」がある。以後、すご定と呼ぶ。家から5分くらいなのでインターネットに真名が書けないのだ。

だから具体的なことも書けず、以後全部数割のフェイクなのだが、雰囲気だけ感じて欲しい。すごいのである。

シルバニアファミリーみたいなかわいい、おもちゃっぽい内装、ごく小さな店である。ランチがメインだが(なので便宜上定食屋と呼ぶが)飲食店ができることは何もかも全て、あらゆる全てをやっている。酒とつまみ、ケーキとコーヒー、モーニング、全部だ。

ランチがすごい。8品着いてくる。しかも、1つひとつが、尋常でなく手が込んでいる。盛っただけ、切っただけ、みたいなものはひとつもない。盛っただけとか切っただけが悪いとかではなく、ただ、この店には、「ない」のである。

魚のあら炊きがランチのメイン(この時点で既に手が込んでいるのだが)だというので注文したら、「季節の山菜と筍、大根と鶏肉、魚のあらの炊き合わせ」が出てきた。どう考えても別に炊いて盛り合わせている。これ以外に7品である。

すご定を知ってから、「美味しくて嬉しい」とかでは表現しきれない、「人間の営みの意義、労働の幸福と価値、本当にやりたいことを貫くとは何か、人を愛し、人に愛され、自分の行いを愛し、自分の行いに愛されるというのが人生の本質」みたいな、いや、表現し切れていないのだが、すさまじさを感じる。そういうアートだと思う。美味しくて嬉しいが、美味しくて嬉しがっている場合ではない。

あら炊きがすごすぎて、ただでさえおしゃべりモードだった頭が完全に覚醒し、その後はダラダラとBlueskyに書き込み続けて一日を終える。夜更かしした。感動しすぎである。人と話すのや音楽を含めてエンタメを減らしているから、受容体も活性化しているとは思う。


すご定に行ったあとは桜を探して散歩をし、それなりに見つけられて嬉しかった。まあ、広島は川辺に出ればどこかに桜が咲いている、と、思う。

広島は川の街である。散歩のルートは実は自由ではなく、どこでどう橋を渡るかが肝だ。だから、どうせ川辺を歩いていることは多い。

ソメイヨシノの花は光に似ている。いつもの川辺がスポットライトをつけたようにあかるいのを眺め、満足した。雨で流れたかと思ったがまだけっこう咲いていたので、あと数日くらい、出られそうなタイミングがあるなら積極的に見に行こう。

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