人間の生活や文化

先月末から編んでいたセーターが編み上がった。まあ2週間くらいかな。2週間くらいでできるものなんだ、セーターって。

鬱が酷かった時期に朦朧とした状態で編んでいたので色々変なのだが、編み上がって着てみると、ほっこりかわいい、ゆるい雰囲気である。鬱で苦悩と絶望のさなかに編んでいたとは到底思われない。

わたしは色々思い悩みながら生きているしメンタルの病院にも長らく通っているのだが、仕上がった者がほっこりかわいくゆるいことがよくある。全然ほっこりかわいくゆるい人生じゃないので乖離を感じるが、まあ、そんな感じの方が、いいのだろう。

でも、ショートめの丈で仕上げた方がかわいいかなと思ってそうして、たしかにかわいいのだが構造上動いていると引っ張られて背中が出る。もうちょっと長く直した方がいいかも。

まあ、とりあえず、しばらくこれで着て、他に直せるところがないか考えたりしよう。今回、ある程度は色々参考にしつつオリジナルデザインを考えて編んだので、改善点は色々あると思う。


気圧が低すぎてぼんやりしており、集中できない。頭痛はなかったがとにかくぼんやりしていて、眠かった。冷凍庫から肉まんを発掘し、ベース焼きそばを食べて、家で静かに、細かいタスクをこなす。

気圧のせいで集中できないので全く何も悩まない。むしろ。

作業の合間合間、ハンモックにひっくり返って過ごす。ハンモックで熟睡するのもすっかり上手になった。寒さ対策が万全ではないのでそう長く寝てはいられないが、夏はもうここで寝るかも。そういう人って多いらしい。

風呂とハンモックで生き長らえた日。


読みかけの本や読みたい本を整理した。

全然系統立った読書とかはしておらず、その瞬間の気分で読んでいるのだが、傾向はあるな。

SNSを見たり書いたりするのを今縮小しており、だからこの日記を書いているのだが、そもそもここ数年ゆるく減らしていた。SNSを見たいと思った瞬間本を読むように気をつけて切り替えていた。だから、読みきることが目的ではなくて、その瞬間見たいと思うものをチラッと眺める、程度の読書をしている。気分に合わせて読めるように色々平行して読んでいる。

書いていて思ったが、意識を散らすために編み物のプロジェクトをいくつも平行で持つのと、同じことをしているな。

話を戻すと、「一瞬チラッと眺めたり、10分から1時間くらいの間ボーッと読んだりする」のに、小説はあんまり向いていない、筋があるから。学術系の新書が自分には一番合っていた。結果、小説より「○○の文化史/歴史」みたいな本ばかり読んでいる。

歴史に興味があるらしいのだが、政治家とか大きな事件にはさほど強い関心がなくて、だから歴史に興味があると知らずに生きてきた。人間の生活や文化について知るのが好きで、それがどういう文脈で成り立っているのかを知るのも好き、だから、歴史が好きらしい。知らなかったな。

それはそうと読みたい小説がたまっている。集中して読む時間を作りたい。


おしゃれで服に詳しい友達がオススメしてくれた編み物本を2冊買った。すごくよく、感心した。

編み物の本を作っている人は基本的に技術の専門家だと思うので、技術をどう生かして服に仕立てるかに関心がある人が多いと思う。わたしも技術は好きなのでいいのだが、それはともかく、こんなの……着ないよ。と思うことも割とある。技術の側面が強すぎて。

これは着る着る着る!! というものがいっぱい載っていると嬉しい。セーター1着終わったし新しいの編みたいな~。糸の都合をつけなくては編めないのだが……。

というかわたしは「服の歴史」とか、そういうところから調べるべきなのかもしれない。服とは何なのか、興味が出てきた。


鬱っぽくなくなってきてから振り返ると、ここしばらく、現実、社会、文化、思想、政治、そういうことを考えすぎていたのが原因かもしれない。

考えなくてはと思っていたが多分過負荷である、と思い、ファンタジーを書いている。ファンタジーは1枚オブラートが挟まった世界でものが見られて楽である、こともある。急に、何の留保もなく見つめてしまうこともあるが。


寝室で横たわっていると、猛烈に味噌汁が飲みたくなる。それで起きて飲んでいるうち夜更かししたりちょっと食べたり……ということを繰り返していた。

本当は味噌汁が飲みたいのではなく寒いだけだと思う。

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