遠い時代の人たち

鬱っぽい。やるべきことをやろうとすると目眩がする。なんで鬱っぽいのか、理由はおおむねわかっているのだが、打開策は思いつかない。

しかしやるべきこと以外のことをやるぶんには別にたいした問題もないため、焼き魚定食を作った。かます(魚)を焼き、大根とにんじんと玉ねぎの味噌汁を作り、玄米を炊いた。

掃除をして、紅茶を飲み、ハンモックで寝た。

やるべきことが進んでいなくて焦っている以外はまあまあ優雅に暮らしているのだが、いかんせん捗らなくて焦っているので、あまり優雅ではない。


まあできるだろという甘い見込みで、トップダウンの丸ヨークセーターを、ろくに編み図も見ずに適当に編んでいる。何のことだか分からない人が多いと思いますが、ややこしいことを雑にやっているということだけ把握してください。

今年の1月、日本ヴォーグ社から『継承されるデザイン 世界の伝統ニット』という本が出て、完全にノリで買った。特に何かに使うとかではなく、欲しいから買った。3000円の本なのだが、3000円くらいの本ってむしろノリで買うしかないので趣味性が高くて3000円の本ばかり買ってしまうふしがある。まあ今時、本ってそもそも高いが。

ほとんど事典みたいな本なので3000円は内容に対しては別に高くはない。いい写真がたくさん載っているし説明も面白くて読んでいて楽しい。

そして、買ったあとで編み物のシナリオを書くことになったので、普通に役に立った。資料にするためちゃんと読み込んだので、思ったより編めそうだな……とも思った。そりゃまあ世界に編んでいる人が実際にいるものなんだから編めば編めるのだが。

そして今回、アイルランドロピセーターの参考編み図を参考に、無理矢理トップダウンにして編んでいるので、普通に使っているのだった。

普通にこれを、このまま、いじらず編めば良かったな……。胸囲が足りない気がするのでちょっとサイズを変えないと着られないけど。ちょうどいい糸が手元にたくさんあり、今のが編み上がってももう一枚いけそうだ。配色は一緒だけど、もう一枚セーターを、今度は編み図通りに編むか~。


編み物に限らず、トラディショナルなことに興味があるけど、そのまま再現すること自体にはあまり興味がなく、技法、ルール、その世界での常識、をインストールして全然違うこととして使わせてもらう、みたいなことが好きなんだと思う。

それはそうと、伝統を体にインストールするために、いわゆる「伝統柄」というものを身につけたい、とも思う。編み物はとくに、編んでみることによって編み手の意図が急に分かることがあって面白い。そういう言語、説明のない圧縮された言語だと思う。デザイン上はこうでなくてもいいけどこのほうが覚えやすい、とか、編んでいて飽きない、とか、そういう情報が、パターンの中に入っている。読み解いて、理解して、解釈して、自分にとって編みやすいものを作り直すのは、遠い時代遠い世界の人たちとの対話で、時間軸がなくなる感覚がある。

伝統手工芸の世界には、それを繋いできた人、ひとりひとりの工夫や努力や発想が入っていて、それが面白いなと思う。


うまく楽しんだり会話をしたりするのが難しく、ぼんやりしているので、休んだ方がいいんだろうな。年末だし……。

メンタルは落ち込んでいるが、極力楽しく過ごそう。

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