軌道を逸れた

寒かった。寒かったのに外出した。外で寒いこと自体が不快というわけではなく、ただ、「こんなに寒いならセーターを着たのに!」 という悔しさが募る。ニッターは皆(多分皆)、コートなしでセーターを着られる季節を愛している。作品を見せつつ歩き回れるからだ。

ジレワンピースなんか着てる場合じゃないよ、本当に。もったいないことをした。まあ、ジレワンピースも着る時期が限られるので、喜び勇んで最近着ている服だが。


有賀薫『スープ・レッスン2』からセロリの肉団子スープを作った。大変そうと思って眺めているだけではわからない、全然大変じゃなさが分かってよかった。整頓された、すっきりしたレシピ。

先日、野菜が安いスーパーまで行ったので、たくさん買った。レタスでも何か作りたいのだが、手持ちの有賀さんの本からはうまく見つけられなかったので、あらためて別途探したい。


引き続きObsidianで遊びまくっている。遊びまくっているといってもただ、ただただひたすらに書きまくっているだけなのだが。

とにかくあらゆることを書きまくっているので、副産物として、しばらくブログ更新が増えると思う。

しかし、こんなに書きまくっていて、週休日とは……。


そう、週休日だった。

なにをもって休みとし、なにをもって休めているとするか、は、永遠の課題だ。

人生には、たとえば学習、たとえば労働、に関わる部分、自分の自由には操作できない部分がそもそもあって、家事とか私生活に関わることがあり、余り時間で遊ぶ。いわゆる可処分時間。

可処分時間を、これまでずっと、創作か読書に充ててきた。中学生くらいから、ずっとだ。それでいいと思っていた。

が……労働と趣味の境界が曖昧になって随分経つ。出勤がなくなってからも随分経つ。生活のほぼ全部を自分でカスタムできるようになり、人の都合に合わせて働かなくなり、趣味から収入を得るようになった。収入を得ているということは仕事だ。趣味が仕事になってしまった。

結果、いつが休みなのかよくわからない。

というわけで「週休日とは何か」を、改めて考えた。ひいては「自分とは何か」って感じの思考になり、一日中書きまくることになった。仕事をしていたらこういうのを考える時間は取れないので、週休日に書くしかないのはそうなのだが、こんなに書きまくっていて、「休まっている」のかと言われたら微妙だ。

趣味と労働の境界って曖昧じゃない方が健康。本当は。


パソコンから離れて家を出て、「頭をゆるめる時間」を作る、というのが本当はいいんだろう。頭をゆるめるとは……って感じだが、今度は、更に。


眠かったのだがそれ以上にムッキーちゃんで遊びたくなり、眠い眠いと思いながら八朔を剥く。八朔って美味しい。

しかし、忙しくするべきではないのに書き物をしまくり、ぼんやりしたいのに用事があってせわしなく外出して、眠いと思いながら八朔を剥き、どうも軌道を逸れた一日だったような気がする。

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