不安だから祝祭が欲しい

ずっと真夜中でいいのに。のアルバム『形藻土』を一日中聴いていた。とてもよい。

『形』という曲が好きだった。


細々とした予定がいったん落ち着き、急いでやるべきことがなくなったし、週休日でもあったので、睡眠薬の減薬を再開した。結果、12時間近く寝、夜は19時半に床についた。7時間くらいしか起きていなかった。どうも今回の減薬、ぐっすり眠れなくて過眠傾向になってしまうのである。

減薬って体に影響することなんだから、ある程度は「病気の治療」というか、風邪引いてる時くらいの感じでいいのかもな、とも思う。病気の治療中としては元気な方ともいえる。

あとまあ、眠れないよりいい。


減薬のこともあるが、最近とにかく夜眠すぎる。19時には眠い。

頑張って起きていたが、頑張って起きていなくてもいいのかもしれない。1時に起きたら1時に、3時に起きたら3時に、朝を始めればいいのではないか。もはや。

あんまり朝早く起きると朝食をいつ食べるのがいいのかよくわからないのだが、朝食も、もう、朝2回食べたっていいのではないか。あるいは朝食を分割して2回に分けて食べるとか。朝1がホットミルクで、朝2がトースト、みたいな。

と、思い、思い切った構成のデイリールーティーンを組み立てた。夜は眠いかもしれないが、いったん、夜眠いということを受け入れよう。TRPGをやっていると夜の予定が多く入ることがけっこうあるのだが、幸いにもしばらく、夜の予定は月に10回もないので、夜の予定の日は昼寝をたくさんすればよいと思う。


手帳をゆっくりつけていて、思考が徐々に安定し始め、「理想の自分、理想の人生」というテーマでまとまりはじめた。その結果、掃除に手をつけて、ぼちぼち進めている。ひとまず読書室をざっくりきれいにし終わり、その後はデスク回りを改善中。

自分の人生は「考える」部分が重要で、「ゆっくり、じっくり、自分の頭で考える」ことができなければ何もかも全然うまく回らないと思う。そういうのって、家がきれいとか、使っている道具がよいとか、いろんなデスクで作業ができるとか、そういうことが馬鹿にならない。

今は幸い、いろんなデスクが使えるようにつくったいい家に住んでいるのだから、そこがきれいに使えるようにきれいに掃除するのも「ゆっくり考える」のサポートだな……と改めて思った。というか、ようやくそこに思索が辿り着いたというか。

人生をうまく回すために掃除が必要なのだ。

1日20分、できれば30分、でいいので、毎日やりたいですね。


「不安と祝祭」について色々考えていたが、これってかなり「パンとサーカス」だな。

ノーマネー生活をやっていた間、なにゆえにものが欲しくなるのか、いろいろ考えていたのだが、不足して必要とか豊かにしたくて必要とかはもちろんあるけど、大部分が「不安だから祝祭が欲しい」のだと思った。大した不安ではないのだが、働いた成果が出るのか不安とか、社会に取り残されてないか不安とか。働いた成果が出るはずと自分に言い聞かせるためにたとえば「自分へのごほうび」的買い物があって、社会に取り残されていないという確認のためにたとえば外食をしてせめてお店の人と話す、みたいな感じ。

それが悪いわけではないが、問題は「それで不安は解消されるのか?」ということだよなと思う。されないのだ、たいして。多少明るい気持ちになるだけなのだ。じゃあ、あんまり意味ないのではないか。

素敵で豊かだから外食をする、欲しいものを手に入れて便利に幸せに暮らすために買い物をする、とかではないなら、不安だから買う、は、あんまり意味ないので極力しない方がよい、と思った。

しかしたいして意味ないとはいえ、その瞬間は効力を発揮すると思うと、対処療法的な意味はあるわけで、というか対処療法的な意味のある他のことを導入しないなら不安なままになっちゃうわけで、そこをどうにか考えて欲しいですね。

不安っていうか焦りかもな。わたしの人生の敵のひとつだ。焦りは。

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