月: 2026年3月

進めばいいのだ

朝10時から14時まで一生懸命頑張ったあと、ストーンとやる気がなくなり、以後グデグデしていた。その瞬間の自認としては「グデグデしてしまった」だったが、コンビニに意味もなく遊びに行き、ごはんを食べてお風呂に入り、22時には寝たので、まあまあ充実していた。

コンビニでパウンドケーキを買いながら、もしかしてケーキの機運が自分の中で高まっているだろうか、それなら、ケーキ屋さんで焼き菓子を買いたいな……と思う。

美味しい焼き菓子を売っている店が家の近所にあるのだが、Instagramを見ないと営業日が分からないタイプの店で、焼き菓子を買いたくなった瞬間に買えるとは限らない。

物欲の手入れをして感情が新鮮だ。近々ケーキも手に入れたい。


深く眠れていないことは間違いないのだが、だから眠れていないのかといわれると、10時間くらい寝ているのでどうだろう。22時には就寝し、朝8時に起きている。

シナリオを書いているから眠りが浅いのか、眠りが浅いからシナリオを書いているのか、どちらが発端なのかはよくわからない。頭がボケーッとしていて無闇に書き物が捗るが、はっきりしないのでタスクの順序がつけられず、目についたことをどんどんやっている。

別に全然急ぎではないタスクをざくざくこなし、本当にこの順でよかったか? と思って確認したが、別に全然急ぎではないことが分かったのみだったので、まあ、それはよかった。


久し振りにクリップスタジオをいじっていた。

しばらく、画像関係の作業はキャンバでやっていて、まあキャンバがすごく良いとかではないのだが、デザインをサクッとやるならすくなくともクリスタよりはいい。クリスタで文字入れをするのは大変なので。

でもクリスタはそろそろ8年くらい使っていて、操作にはそれなりに慣れているので、がさがさいじってラフの様子を見るのにはちょうどいい。こっちでやったりあっちでやったり、いろんな方法を駆使してみるといいんだろう。一箇所で完成させようとしないで。

最近はシナリオも、Googleスプレットシートに書いたりNotionに書いたり一太郎に書いたりココフォリアに書いたり、あちこちに書きつつ進めている。進めばいいのだ、何だって。

色の感じはうまくいったのだが、わたしは色の感じがうまくいくとそれ以上直し方がわからなくなる傾向にあるので、もうちょっと考えてみよう。


そんな感じでフニャフニャッとした一日だった。文章も見るからに眠そうだ。意識してドカッと休んだ方がいいだろうなと思う。

まあ、でも変にずらさずに、いつも通り火・水休みを目指して、日曜と月曜はこのままぼちぼちやるか~。

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見えている(見ている)もの

パキラ(観葉植物)の鉢が小さすぎるのを、どう考えてもパキラ自身が気づいていて、めちゃくちゃに不平を漏らしている感じがある。ので、植え替えをしたいと思いながら冬を越した。

そろそろ植え替えてもいいですかね、と思いながら検索をし、何回検索しても5月以降の方が良いと言われる。まあ、検索結果が変わったら怖い。

このまま、しばらくの間一緒に暮らすしかないか。不満そうだが。

引っ越してきたとき、家が広すぎてあまりにも殺風景だったので百均で買ったパキラで、間に合わせの同居人だったのだが長く一緒にいてくれてうれしい。もうそろそろ2年経つ。


デスクでぱたぱたとキーボードを叩いている合間に魚を煮て、作業しながらちょっとずつつついていて、結局煮魚を1匹分、おやつにつまんでしまった。

ハゲ(カワハギ)の煮付けは実家でもご馳走の部類だった、と、記憶している。好きな食べ物だ。肝が甘くて美味しい。調べたらもうシーズンは過ぎているそうで、だから安かったのかな。


最近、書いていても、あまり集中しすぎるということがなく、ちょこちょこ料理をするなどのゆとりがある。ちょっと書いて離席、ちょっと書いて離席、ができるようになった。集中できていないという言い方もあるだろうが、まあ、集中しすぎていない、という認識でいいんじゃないか。

ひとつのことに集中しすぎて破綻する人生を送ってきたので、色々な事がバランスよくできていると、破綻してなくて嬉しい! と感じる。


お金を使わないと決めている間に、小麦粉と片栗粉を食べてしまった。玄米もそろそろなくなる。パスタもあと1回分だ。お蕎麦も食べたい。本格的に買い出しに行かなくては。生活の大部分は「炭水化物」だな。

でもお金を使わないぞと決めていた間の感じも悪くなかった。ドームの中に入って、風が吹いていない感じで。隠れているような気分だった。

実際関係ないかどうかはともかく、関係ないというそぶりをすることで守られるものもあるんだろう。


先月からもう1ヶ月書いているシナリオの1章が終わった。全3章だが、本編以外で書けているところもあるので、進捗は4割くらいだと思う。6時間半書いていた。

14日~16日まで、時間が取れるのだが、盛り上がるところを書いて頭が熱いうちにシナリオをどんどん書いていって2章まで終わらせてしまうか、いったん頭を冷やしてから書き進めるか、迷っている。まあでも体調的にできそうならいけるところまでいくのもいいか。

焦らないようにしたほうがいいのはそうだが、焦っておらず、疲れすぎてグデグデになって食べすぎたりしないなら、がんばりまくってもいい。


まあでも、減薬の最中で、頭がずーっとぼんやりしているのはそう。夢の中にいる感じはある。

シナリオも夢の中の話なので、ぼんやりと夢のようにあたりに見えている(見ている)ものを掴んで持ってきて、そのまま書いている感じではある。半睡半覚醒で、文章はさくさく書ける。眠くなったらパタッと寝て、起きたらパタパタッと書き進めて。

不快ではないが、現実感はない。まあでも、書いている最中ってこんなものなのかも。ぼんやりしているときに料理して火事にならないようにだけ気をつけます。

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私、本を、読んでいるのでね

昼ごはんを食べる予定と、夕方からTRPGセッションの予定があり、バタバタしていた。でもその割にいろいろできてよかった。入浴、家事、執筆、読書、絵も描いた。元気かもな~。

減薬2日目で、自分が元気かどうかにかなり強い関心がある。薬を減らすと色々な事が変わるから。体調とか、メンタルの具合とか。


いつも出先には文庫本を持っていくが、読む時間があることはあまりない。あっても、数ページペラペラめくるくらいだ。

しかしこの日は、わたしが待ち合わせ時間を勘違いしていたので50分くらい時間が空き、カフェに入って本を読んだ。うしろに勘違いしたのではなくてよかった。

いつもとちがう照明の下で、いつもとちがうざわめきの中で、いつもと違う味のコーヒーを飲みながら本を読むというだけでずいぶんリフレッシュする。気分がスッキリしてよかった。

『ペガーナの神々』をもう1周読んでいるが、これが読み終わったら持ち歩き用の文庫本は何にしようかな。何か旅行にかかわる本が読みたいけど。

持ち歩き用の文庫本、家でゆっくり読む用の単行本、お風呂とか歯磨きとかのついでに読むKindle、を平行している。


家をパッと出る、というのが、元来苦手である。子供の頃から苦手で、苦手なまま大人になった。家を出るまでぐずぐず色々なことをやったり、荷物をまとめられなかったりする。わかっているので、出発の一時間前までに身支度をととのえるようにはしている。

でも3月になってから大分ましになり、パッと家を出られているので、明るいとか暖かいとかも大事な要素なのだなと思う。あたりまえといえばそうなのだが。

散歩のための荷物をこの間考えたのも効いているかもしれない。自分の町歩きには本が必要。出先で本が読みたいというだけではなく、個人経営の店に入るとき「配膳が遅くなってもぜーんぜん構わないんですよ。私、本を、読んでいるのでね……」というポーズに役立つ、と、思っている。一人客が待ち時間にスマホをいじっていると、なんとなく、「待たせてるな……」って雰囲気になるような気がしている、経験的に。


お昼、楽しく過ごしたつもりだったが、帰りに箱のパルム(アイスクリーム)を衝動買いしたので、疲れてはいたのだろう。


人生が全体的に「食べすぎ」傾向にあった。最近「減らす」にハマっている。昔ほど飢餓感を抱かなくなったから減らしてもおもしろいだけ、という、切迫感がないからできているのだが。なんであんなにおなかが空いていたのだろうな……。薬の副作用とか病気の兼ね合いとかもありそうだけど。

結果、朝お茶碗半分のお茶漬けとか、夜肉野菜を蒸して終わりとか、やってみるようになった。おなかはいっぱいにならないが、ならなくても別に困らない、という地点にようやく辿り着いたのである。

朝と夜はおなかいっぱいじゃない方がむしろいいのかもなとも思う。急に食べるとおなかがびっくりするし、夜はもう寝るんだからおなかがごそごそしていないほうがいい。常識か? もしかして。

まあ基本的には食べたいときに食べたいものを食べるのだが。餃子だって食べまくっているし。パルムも食べてるし。でも、相変わらず散歩をしまくり、食事の量を減らしたら、すとーんと体重が落ちて、体感的にも肉の量があきらかに減っており、おもしろい。あたりまえすぎることではあるが……。常識かもな。

去年、年内に-10kgと思っていて、結局減ったり増えたりして増えもしなかったが減りもしなかった。改めて今年も同じ減量を掲げていて、いま-2kgくらいなので、このまま落としていきたい。

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なんだか朦朧としている

睡眠薬の減薬が始まって初日だった。気圧がどかんと下がったのも多分影響していて、本当に眠い。週休日なのをいいことにほとんど寝て過ごす。

数えたら、結局、6時間昼寝していた。昼寝というか寝込んでいたという感じだな。

起きて餃子を作って食べ、寝て、起きて餃子を作って食べていたので、寝ていないときは元気だった。餃子は体力の要る料理だ。元気じゃないと作れない。28個の餃子を作って平らげた以外はほとんど寝ていた日。

合間に4時間シナリオを書き、家事もかなりの量やったので充実はしていた。

お気に入りのエプロンを着けて、楽しく過ごす。


この日の餃子は、ふつうのニラキャベツのと、きゅうりと炒り卵のと、ほうれん草の。

餃子の具を近頃色々調べているのだが、ほうれん草はかなりいいかも。冷凍ほうれん草を解凍して絞って挽肉を混ぜて、ちょっと塩味、だけでいい。野菜部分はほぼ何もしないに等しいので気軽に作れる。

自分の認識としては、餃子は野菜の香りを楽しむための料理なので、ほうれん草も香りが立ってよかった。野菜の香りが苦手な人は向いていないかもだが。


シナリオが軌道に乗らないので通話とかやってる場合じゃないかもしれないな~、と寂しがっていたが、ビシッと軌道に乗った手応えを得る。喋りながら書いていても1時間1000字は自動的に進んでいるくらいのペースになった。

もちろん喋ってない方が早いのだが、寂しくて鬱々しつつあと2週間くらいひとりで過ごすより、多少ペースが落ちても人と喋りながら楽しく進めたほうが、いい……いいときもある。ひとりのほうがさすがにいいというときもある。

計算したら10万字くらいのシナリオになるらしい。まあ、どうせあと2週間くらいはかかると思う。焦っても仕方ないので、のんびり書こう。と言っている間にバーッと書き上げてしまうのかもしれないが。

10万字って充分にめちゃくちゃ長いと感じる。これ以上長くならないようにばさばさ削りつつ進めている。旅行のシナリオなので、本当はもっと細かく、食事がどうとか、毎日泊まっている宿がどうとか、書きたい気持ちはあるのだが。


まあ、でもなんだか朦朧としているな。記憶の細かいところが曖昧だ。減薬始めたばっかりだからしょうがないか。

スイッチが切れてバタッと眠り、スイッチが入ってチャカチャカッと動く、という状態だったので、ネジ式の玩具みたいだった。進捗はあるのだが、生活の細かい機微はよく見えない。

薬を減らすといろんなことが起こっておもしろいとは思う。同じ薬を同じ量減らしても、そのときどきによって違う生活になる。

このまま落ち着くといいですね。


『猫の神話』を読んでいて、この本は神話というかおとぎ話や民話にあたるようなエピソードもいっぱい載っているのだが、自分の芯にあるのは「おとぎ話の世界」であるなと感じる。ファンタジーというよりも。

今読んで良かった。

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ちまちました魚を4パック

ついに! 買い出しをした。3月1日からゆるノーマネー生活をやっていて、家にあるもので暮らしていたのだが、なんとなく精神が荒廃してきたのを感じたし、タンパク質不足な気もしたので、スーパーマーケットを解禁することにした。

とにかくタンパク質が足りないというかごはんのおともになるものがなくなってきていた。何か、今日の晩ごはんのおかずになるものを少し買ってもいいな、と思って入ったスーパーマーケットで、魚がすごく安くなっていたので、たくさん買った。ついでに春キャベツとニラと挽肉、ヨーグルトとブルーベリー、も買った。餃子にハマりつつあるので作りたい、のと、やはり生活にブルーベリーヨーグルトが欲しかった。

全然買い物をしていなかったあとなので、2000円くらいで豊かな気持ちになれてよかった。

ちまちました魚を4パック買って、すぐには食べられないので冷凍した。明日はフライをやろうかな。

昨日に続いて今日も買い出しをした。もう全然ゆるノーマネー生活は終わり、いったん終わりということでいいのかもしれない。だからノーマネー生活だったのは8日間かな。

まあでも、買いたいものが思いついた時点でじゃかじゃか買い物をせず、欲しい度数を都度真剣に考えながら暮らすのはかなりおもしろい――というか、それもまた、おもしろいというべきかもしれないが、ということがわかったので、今後も意識はしたい。


精神科の通院日だった。減薬をしましょうと以前から言われていたので、する……か! ということになる。生活の区切りは悪いのだが、区切りがよくなるまで減薬はしたくないと言っていると、いつまでも区切りがよくならないので、きっと……。

減薬をすると、みるみる調子が悪くなるときと、ものすごくハイになって挙動が変になるときがある。

今回減らす、というか、全然なくす薬は以前も減らしたことがあって、そのときものすごくハイになった結果、新裏庭(このHP)を立ち上げて日記を書き始めた。だから何か、「今始めなくても全然いいんだけど、やりたくて仕方ないので、やるね!」といって始めてしまう可能性があり、戦々恐々としている。

始めたっていいっちゃいいのだが、この日記も楽しく続いているし。でも今、長いシナリオを書いている最中なので、あんまり大変なことにはなりたくないのだが。

どうなることでしょうか。

減るの自体は嬉しい。元気になったということだから。


病院のあと、なにかごはんを食べて帰るか悩み、しかし駅があまりに混んでるのでラッシュに巻き込まれないように帰るか……と思い、ごはんを買って帰るかまた悩み、結局前述の通り魚を買った。しばらく魚が食べられるので、いい判断だったと思う。


友達と話していて、子供の頃、「色がきれい」ということがすごく大事だったということを思い出す。ドラえもんの映画で一番好きなのは「アニマルプラネット」なのだが、この映画は色がきれいなのである。内容はゴリゴリの社会派なのだが。

ミンキーモモが好きだったのも、色がきれいだからだな。チンプイも。くすみパステルみたいな色が子供の頃から好きだった。

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堅あげポテト

大学の卒業式に、いろいろなアクシデントが次々起こり、なかなか出席できないという悪夢を見た。と、思ったら、卒業式ってそろそろだったらしい。どこかで見かけて、ひっかかっていたから、夢に見たのかもしれない。


作業通話を主催しており、本当にずーっとやっている。今は、平日の朝9時くらいから夜22時くらいまで、2時間くらいずつあけたりしめたりしている。日常であり、職場であり、憩いの場であり、情報交換の場である。最近SNSをあんまりやらなくなったので、作業通話しか人との接点がないすらある。それは言い過ぎだが……。

書いているシナリオが難しく、しばらく通話を開けなかった。シナリオ自体も寂しいのだが、作業通話を開けていないことで寂しくなりすぎ、グデグデになる。人と話していなくて寂しいというより、シナリオ自体の寂しさに向き合いすぎて逃げ場がなかった。

依存をするのはよくないと思うが、それはそうと人との接点がなさ過ぎる生活もよくない。


ゆるノーマネー生活9日目。

なんと……買い物をした。だから実はノーマネーでもなんでもないのだが、日数カウントがずれるとだるいので、買った日も通算に入れます。「ゆる」ノーマネー生活だし。

買ったのは、ジャジャーン。堅あげポテトである。硬くてバリバリタイプのポテトチップスだ。

なにをやっても、散歩に出て日の光を浴びても、全然落ち着かず、頭の中がクシャクシャしていた。ゆるく丸めた紙を詰め込んだ籠を揺らすたびにクシャクシャ音がする感じで集中できない。

人との接点を持つか……と思い、何を買うつもりでもなくコンビニに入って、熟考の末、堅あげポテトを買った。間違いなく美味しくて、間違いなく満足できると確信が持てて、8日間のノーマネー生活をやぶるに相応しい安さである、という点がポイントだった。うすしお味。堅あげポテトのうすしお味は塩味というか出汁味である。そこもいい。

一気に食べて満足し、午後の業務もやり遂げられた。

ポテトチップスっていい。栄養も進捗も関係がない、無の時間を彩る食べ物。ゆとりとぼんやり、ひっくり返って天井を見ている味がする。


一日のルーティーンの中に「読書」という項目がある。いつどのタイミングで読んでもいいことになっているが、基本的に昼ごはんのお供に読む。

資料の本は読んでいたのだが、資料の本以外を読む時間を取らなかったと気づき、寝る前にミネストローネを啜りつつ『猫の神話』を数ページ読み進めた。

本を読むこと自体というより、本をゆっくり読めるような精神状態であってほしい、って感じなのだが、まあ、そんな精神状態ではないのだ、要するに。


井上陽水を聴きまくっている。シナリオのイメソンとかでは全然なく、なにもしたくなくなった夜に編みものをしながら聴いている。

以前、友人が、自分の情操を育てたのはBUMP OF CHICKENであるという話を熱く語っていて、自分にはそういうのあるかなと考えていたのだが、井上陽水だな。一曲あげるなら「最後のニュース」だ。「最後のニュース」には、自分の書きたいことがだいたい全部詰まっている。

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タスクリストが心の常備薬

最近、また、朝の光より早く起きている。そうすると、朝の光がぱーっと入ってきたときに、明るくてきれいで驚く。若干のオレンジが入って若干緑に傾いたような、クリーンであたたかい色の光。

昼の光は生活しているとけっこう自然に誰しも見るものだと思うが、朝の光は起きていないと見られない。選んで手に入れた光だと思う。


ゆるノーマネー生活8日目。何かが欲しいというわけではないが、普通に暮らしていたらきっと何かを買っていただろうな、という日だった。忙しくしすぎ、頑張りすぎた。

誰かにねぎらわれたいという気持ちと、誰とも関わりたくないという気持ちが同時に来る。買い物は、そういうとき、ねぎらいであり社会との関わりでもある。別に誰にもねぎらわれていないが、ねぎらわれたような気になるための行動。

が、何か欲しいものがあって買うわけではないのだ、そういうのは。他の、もっと正解の方法があるなら他の方法のほうがいいよな、と考えたが、答えは出なかった。ひとまず、何も買いはしなかった。

忙しくも頑張りすぎもしない日にする、という方がもっといいのかもしれないが。それはハードルが高すぎるとも思う。

あまりに疲れていて、ハンモックにひっくり返って揺られながら鬱々としていたが、やることを思いだし、デスクにもどり、やっているうちに少し回復した。タスクリストが心の常備薬になっている、という側面もあると思う。


忙しかったからだと思うが、編みかけのショールに3箇所も間違いがあった。どうにか取り返せないかやってみたが、編み直した方が早いしきれいになるなと思い、久し振りにずいぶんたくさん解いた。

まあ、解いたぶんたくさん、今度はもっときれいに編めると思えばいいよ。ニッターの常套句だが。あと、そこまで上の空で編んでいたというのも、上の空になるほど考え事をしていたということなので、頭の中は捗っていたのだろう。


1週間で食べたものをふり返り、また次の週の献立を組み立てながら、「電気もガスも水道も生きているという前提ではあるものの、漫然と集めていたレトルトや缶詰や冷凍野菜だけで2週間は暮らせる」という事実に感心する。まとまった量の食べ物がないけどいざというとき大丈夫だろうか、と思っていたが、普段の備蓄で結構どうにでもなるようだ。

もちろん、有事には電気もガスも水道も使えなくなる可能性だってあるので、こんなに簡単ではないだろうが、予行演習のようになってよかった。

次の週の献立を立てたら、食べ物がさすがに心許なくなっているなと気づいたので、3/15前後に一度、食料品の調達が必要だと思う。


しばらく集中してシナリオを書くので、日記どころではなくなるのかもしれないのだが、こういうときこそ、日記をちゃんと書いて、朝の光に気づいていきたいとも思う。

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冒険心

3月7日の朝、11時に起床した。やばい。

13時からTRPGのセッションを予定していた。わたしは朝のデイリールーティーンをこなすのに2時間かかる。つまり、ごはんを食べている暇がない。

それなのにSNSを開き、ちんたら遊んでいて、なおさら時間がなくなる。デイリーをこなしながらトーストを食べ、TRPGセッションの準備をしながらBASEブレッドを食べる。足りなくなり、セッション中に、冷凍のバナナパンケーキを温めた。

無事終わってよかった。楽しい卓だった。すっかりいい気持ちになる。

わたしはもう何年も、「ラヴクラフトの幻夢境」という、異世界ファンタジーの世界にハマっている。ここ数年で幻夢境シナリオを書いている人は増えたのだが、あまりテンションが一致しないなとは感じる。まあそれは仕方ないが、友達が同じテンション感でシナリオを書いてくれて嬉しい。

この体験を10年囓って生きよう。


ゆるノーマネー生活7日目。欲しいものはとくにない。もうじきコーヒーが切れるし、もうじきポン酢も切れるのだが、まあ切れたら切れたでどうにでもするだろう。

ゆるノーマネー生活に慣れて買い物に対する感覚が鈍くなっているのもあるが、何時何時までこれを保たせなくてはとか思わずじゃんじゃん、持っているものを使いまくっているのも大きいと思う。この日はツナときゅうりでちらし寿司を作った。

「今、ここにあるもの」で回さなくてはね、という緊張感はあまりなく、この家、いろんなものがあるな~という、探索というか、冒険心じみた気持ちで暮らしている。自分で揃えたものなのだが。

まあでもこれで、ひとつしかなかったツナ缶も使ってしまった。

サバ缶は2つあるが、どうしようかな、サバ缶ではこのハンバーグをもっぱら作っていたのだが。

【簡単!!】サバ缶と豆腐のハンバーグ | 山本ゆりオフィシャルブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」Powered by Ameba

豆腐がないのである。豆腐以外はすべてあるので、ぬきで成り立つかやってみてもいいけど。


読書室を、名前通り読書のために使っている。どかどか本を読んでいる。5冊くらい平行している。良い感じだ。こういうときこそ、読書してる~って感じがする。

この家の部屋の名前をつけたのは当然ながらわたしなので、読書室、として、図書室、にしなかったのは、図書館に色々な複雑な思いがあるからだ。間違ったこともしたし、変なこともあった。かつての職場でもあったし、学習のために通い詰めたし、友達と待ち合わせもした。人生の一部分すぎるし、トラウマだった時期もある。比喩でなく、図書館に入るとパニック障害の発作が起こって倒れかける時期もあった。

読書室の本棚は低くL字に作ってあり、いずれこの高さじゃ入りきらなくなるのかもしれないが、図書室というよりも、子供が絵本を開くような空間としてインテリアを組んだ。圧迫感はないが、守られている感じがする。おだやかに本が読める、いい部屋である。

この部屋では本を読むより手芸をしていた時間の方が多いのだが、今は立派に読書室として機能している。しかし、本を何冊も並べてあれこれと読み比べていると、在りし日、まだわたしと図書館の間に蜜月が成立していた十代から二十代の頃を、なつかしく思い出す。

時が経って、発作は起きなくなった。図書館は近いのでまた行こう。


いい卓といい読書を経て、シナリオが書きたくなり、2週間ほど塩漬けにしていたシナリオに着手したので、忙しくなるかもしれない。無理のないように進めたい。ゆるノーマネー生活が支えになるといいと思う。無理しても、反動のドカ買いは、今はありませんからね。

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自分だけの餃子

ゆるノーマネー生活6日目。別に何も欲しくならなかった。

編んでいたショールが編みあがって、完璧に満ち足りていたのだ。

Ravelry: Blue Mere pattern by Marie Petra

洗って整えたほうがいい……のだが、嬉しすぎるので一日、肩にかけて過ごす。細い針でがんばって編んだかいがあり、薄くて全然邪魔にならない。良い感じだ。

わたしは編みものの編んでいる過程も相当好き、というか、過程自体が好きで編んでいるので成果物はさほど重要ではない側面すらあるのだが、それはそうと、編みあがったときの幸福感と達成感は計り知れない。

それは、ずっと手元にあった「未完成のもの」に魂が吹き込まれて、手から離れ、独立した存在になったということ自体の達成感ともいえる。編んでいる最中は指と針を通じて自分の体の一部と思っていたそれが、離れて、自由に、役立っている、道具として魂が吹き込まれたということに、嬉しく驚く。

1ヶ月くらい編んでたらしい。できあがってよかった。そして、この細さの糸でもさくさく編める、ノーストレスで編めるメンタルだということがわかってよかった。はじめて編む細さだったのだ。

手元に編むものがなくて寂しくなった。早急に次を編み始めた。


楽しいことばかりやった一日。5時半に起きて、ショールを編み上げて、コミッションで短歌を頼まれていたのを送り出して、本を読み終わって新しい本を読み始め、餃子を作り、新しいショールを編み始めた。素敵な一日。

こんな素敵な一日のさなかにも人が殺されている、とうっすら思いながら生きるような社会じゃなくなるように、と思うが。


餃子は、大学生の時所属していた中国語研究会の、顧問の先生の、パートナーから教わった。中国語検定を受けるための勉強を放課後一緒にやるというサークルという名目だったが、大抵の時間は中国茶を飲みつつひまわりの種を食べておしゃべりしている、お茶会サークルだった。自宅にも招いて頂いて、餃子の皮の捏ね方を教わった。

わたしは結局、全然、中国語ができるようになっておらず、でもデュオリンゴ(語学アプリ)で一応部分的にわかるので全然身についていないわけではない、らしい。のはともかく、わたしは中国語研究会から、ひまわりの種の殻を割る方法と、餃子の皮の捏ね方だけ覚えて、大学を卒業したのだった。そしてそこから10年くらい、餃子を作るのにハマりまくり、月1くらいで作りまくっていたので、まあ、得意料理と言って差し支えないと思う。5年ぶりくらいで作ったが、計りもせずに一発で水を粉に合わせられ、餡もぴったりの量が作れ、30個できて12個冷凍した。焼けるときの音の変化で仕上がりを把握するのも、ちゃんと覚えていた。

餃子の餡の方は完全に自己流だし、もっというと餃子の皮にする小麦粉の配合も途中から無視して薄力粉だけでやっている(先生のパートナーは強力粉も混ぜるか中力粉で作れと言っていたと思う)。薄力粉だけの皮の方が好きだ。多分水餃子の作り方だと思うのだが焼いて食べているし、ごはんと食べている。餃子の餡には砂糖と醤油を入れる。

完全にチューニングされきっている。中国伝来の、しかし、もう、自分のために改造された、自分だけの餃子である。

この日は春菊の餃子とピーマンの餃子を作り、春菊の餃子はかなりよかった。ピーマンの方は研究の余地あり。

小麦粉がまだあるので、ノーマネー生活中にもう一回餃子をやろうと思う。きゅうりと炒り卵の餃子も好きなのだが、餡を2種類作ってみたら十分な量になってしまい、きゅうりの餃子は作りそびれたから。


最近は本が沢山読めていて嬉しい。『ヤン川の舟唄』も『不思議な薬草箱』も読み終わり、『お姫さま大全』という本を読み始めた。

お姫さまというか、架空のものもふくめ歴史に残った高貴な女性についてまとめた本かな。高貴というのは必ずしもお金持ちとか具体的な身分に限らないような気もするが。2ページずつまとまっているのでさくさくよめていい。絵や写真も多く、多分結構子供向け(小学校高学年くらい?)の本だと思う。いろんな人生。

今、「叶わない願い」とか「結ばれない愛」とかに、関心があるので、とっかかりもいろいろあり、楽しく読んでいる。

兄のためにイラクサのベストを編む、アンデルセン童話の「野の白鳥」も載っていた。昔から好きな話だが、多分編みものの話だから好き、という理由が8割くらいだと思う。

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春が始まる

ゆるノーマネー生活5日目。今日ほしかったものは、キャベツと、本専用鞄。

四六判 読むしかできないブックショルダー [2way] NIR × Inswirl(ディアレザー / 4種類)

本専用鞄というのはこれ。鹿革。「害獣としての野生鹿」に、結構強い関心があるのも含め、前から欲しかった。散歩に本を連れ歩くか……と思い始めて、ぐんぐん欲しくなっている、が、まあ、今すぐ買うようなものではない。欲しいからってパッと買うようなものでもない。まあまあ高いし。

キャベツに関しては、お好み焼きのことを考えていたのだ。昔、すごく貧乏だったとき、キャベツと小麦粉だけのお好み焼きを食べまくっていた。いま、似たような制限下の生活なので、懐かしくなったのだと思う。でも切実な思いというわけではなく、あー、キャベツがあったらいいのになー、と思っただけ。

どちらにせよ、別に今すぐほしいわけではない。ゆるノーマネー生活が終わったら検討しよう。いや、キャベツは、今月中のどこかで買ったっていいが。


確定申告が終わった。e-Taxで送ろうとしたらエラーが出て困ったが、結局医療費を手入力することで解決した。手入力は別に良いけどシステムがこんなことじゃ困る。大丈夫なのか、この国は。大丈夫ではないか……。

まあとにかく終わった。確定申告は初春の悩みだ、つねに。が、こんなに悩んでいるのは変である。たいしたことはやっていないのだ。よくわからない計算は全部ソフトがやってくれて、自分でやるのは収入と経費の登録くらいなのだから。たいしたことじゃないのに毎年ストレスに感じているのはよくないので改善したい。毎月ちゃんと経理もしめるとか……。できるかな。できるだろう。月報をつけているんだから。

ともかく、確定申告が終わると、春が始まる、と思う。気候がいいあいだをめいっぱい楽しく過ごしたい反面、夏をぼんやり過ごすためにはとにかく働いた方がよいのもそう。

ずっと夏に怯えている。正確には、夏になると何をするか分からない自分に怯えている。強い光に活性化した頭が躁気味になって、毎年夏はめちゃくちゃに過ごしてしまうのだった。

めちゃくちゃになってもいいように、万全の準備をしておきたい。


ゆるノーマネー生活の都合上あたりまえといえばそうなのだが、自炊が頑張れていて嬉しい。さつまいももちを焼いた(そして、バターの最後を使い切った)。すごく美味しかった。

おやつに さつまいももち 作り方・レシピ | クラシル

夜は鮭の西京焼きを焼いた。そのうち食べようと思って冷凍してあったのだ。確定申告完了祝いにあわせて食べるものがあってよかった。

明日は餃子を焼こうと思う。皮から作る餃子は得意料理である。

この生活を通じて、食べることに対する感覚がピシッと整うといいな、と思う。若い頃摂食障害だったこともあり、食べ方はいつも悩みの種だ。食べたいと思うものが明瞭になり、食べると嬉しい、という状態になりたい。

今日はかなり、食べたいと思ったものを作って食べて美味しくて、幸せだった。


編んでるショール、ついにあと2段+仕上げで終わる。うわー終わっちゃう! というさみしさがつのる。いや、編みあがってからのほうが長いつきあいになるはずではあるのだが。最近コート着ると大げさだが普通に寒いという日が続いているので、絶対に役立つと思うが。

それはそうと、このショールとは一緒にあちこち散歩に行き、2月いっぱいいろんな悩みに付き合ってもらったので、思い入れがある。編みかけのショールがあると精神に膜が張ったようになり精神が安定するのだ。セーターではなぜか、こうはいかない。

やっぱり新しいショールを編み始めるか~。うちにはショールの本があんまりないので、また英文パターンと格闘しなくては。


おいしくるメロンパン「旧世界より」を聴いて、ひとしきり泣き、すっきりと寝る。

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散歩を考える

はじめに

散歩にまあまあハマっている。というか、このままハマっていてほしいと願っている。

本当にまるっきり家から出ない日々が続いていて、あーあ、このまま運動なんか一生しないかもな、と思ってやや諦めていた。しかし、今書いているTRPGシナリオが見事に座礁していて、考えをまとめるために毎日外を歩きまくった。「メガ散歩」と呼んでいた。最長、1日に6時間歩いた。

メガ散歩の間は、散歩に疲れたらどこかに座っていた、当たり前だが。6時間も歩きっぱなしなわけではない。歩きまくっているうちに、座って書き物をしたり、座って考え事をしたりも挟みたくなり、結果、散歩には以下の荷物を持って行っていた。

  • 考え事を書き留めたいときのための手帳
  • 考え事を深めるために手を動かす用の編みもの
  • 参照したい資料のためのKindle端末

このほかに鍵とスマホと財布と水と、最低限の衛生用品などを持つ。すると、けっこうな荷物になってしまうのである。これらを引っつかんで何時間でも歩いても気にならないほどに頭が混乱している間は別によかったのだが、そこまででもなくなると、荷物の多さが引っかかって、出かけづらくなってきた。そう。落ち着いてきて、メガ散歩に行かなくなってきたのだが、散歩の習慣はこのまま残したいのである。毎日歩いてたらちょっと痩せたし……。

というわけで、整頓するために、以下の文章を書いた。

基本の荷物

散歩に持って行かざるを得ないもの、家の鍵。散歩というか、それ以前の話だ。家を離れるときは絶対に持っているべきだ。

いま、鍵にめちゃくちゃたくさんのキーホルダーをつけていて、すごく重い。まずこれを軽くした方がいい。でもめちゃくちゃたくさんのキーホルダーをつけていると落ちたときガシャン!!! と言うので安心なのである。落ちないように鞄にくっつけたほうがいいんだろう。要検討。とにかくキーホルダーを整理します。

それはそうと、たくさんのキーホルダーのうちの1つが、小銭入れである。500円玉が2枚程度入る、緊急時のための小銭入れ。本革製で、昔同人イベントの雑貨スペースで買った。これが鍵にくっついてるんだから、散歩には財布は持っていかなくていいのでは、と気づく。

というわけで今後財布は登場しません。

スマートフォン

スマホに縛られた人生なんて……と常々思ってはいるものの、緊急時、持ってないと危なすぎる。災害ポーチ(意外と重い)を連れて散歩するのは諦めたものの、スマホくらいは持とう。ルートの検索もできるし。

というか、スマホがあれば、一応手帳を省けるのである。スマホで深い考え事はなぜかうまくできないので、極力紙とペンも持っていたくはあるのだが。

そして、音楽も聴ける。イヤフォンもあわせて持っていく、というか、耳に装着していく。散歩中、音楽は聴いていない時の方が多いが、入ったカフェで隣席から長い愚痴が聞こえて気まずいとき、便利。

飲み物

外の自動販売機やコンビニで飲み物をいちいち買うのもそれはそれで風情があってよいが、基本的には家から飲み物を持っていく。どこかで買えないかなとかを気にせず過ごせる。いつでも快適。

なんとなく、散歩をゆったり過ごすには、何かを絶対に手に入れたいとか、どこかに絶対に入りたいとか、そういう感覚がないほうがいいような気がしている。道ばたで急に水(やお湯)が飲めるほうが、散歩を手中におさめコントロールしている感があると思う。

その他

ハンカチティッシュ。いつでもトイレに入れるように。

季節的なもの。サングラスとか、日傘とか、防寒グッズとか。

行く先にあわせて持ちたいもの

基本的にプラプラあちこち歩いているだけとはいえ、行き先自体はないわけではない。というか、行き先をある程度決めないと、何もかもを持ち歩こうとしてしまうので、持ち物を減らすために行き先を決めた方がいい。

公園・河原

広島には川が多く、河原が公園になっていることも多いので、公園と河原の境界は曖昧だ。

机がないので本気の書き物はしない。だから公園(など)を目指して進んでいる日は、手帳もノートもペンもなくていいと思う。

公園に行くとき何を持つべきか。というか、自分は何を持っているか、というと、文庫本か、編みかけの編みものである。2月はあらゆる公園に行きまくり、ショールを編みまくった。たまに、思いついたことをスマホにメモしながら。

このショールをそろそろ編み終わるので、今後は読書のために公園に行こうかと思っているのだが、わからない、新しいショールを編み始めるかもしれない。公園で編みものをするのは気持ちいい。

カフェ・ファミレス

じっくり手帳時間が取れるようなカフェを常に探している。別に30分くらいで大丈夫なのだが、いや、本心を言うと最長2時間許されたいが。というか半日いていいなら全然いるが、そこまでやるともう散歩では全然ない。

コーヒー飲んだら帰ってね的な雰囲気ではなく、あんまり混んでなくて、机がガタガタしないなら、椅子には不平を言わない。

カフェではなんとなく気分的に編みものをしない。書き物か読書がいい。

適切なカフェやファミレスかどうかは初回はわからない。初回はもうカフェで何かをして過ごしたいなんて下心は捨てて、普通にコーヒーを飲んで帰る。そして次回からの荷物に、手帳を加える。いや、手帳は重いので、本当は持ち歩かない方がいいのだが……せめて軽い、散歩用の手帳を用意してもいいかもしれないし、後述の図書館用のノートでいいのかもしれない。

図書館

近所に、散歩のついでに立ち寄れる公共施設は、図書館くらいしかない。微妙に遠い場所に市営プールもあるが、市営プールで手帳をつけるのは若干よくわからない。

図書館では本を読むので、編みものは持っていかない。というか本も持っていかなくていい、図書館にあるから。わたしは色々な理由があって基本的に図書館で本を借りないので(本当は積極的に借りて利用を示した方がいいとは思います)、持っていったり持ち帰ったりする本はない。

というわけで、図書館を目指すのが一番荷物にならないということになる。図書館は読書のための空間であるという前提を思うと本気で手帳をつけるのも憚られるので、本についてメモする程度の薄いノートを持っていくのが望ましい。

難点は、図書館で休憩する想定で動くと、ルートが固定されてしまうということだ。前述の、ここに絶対行く、という目的があると、プラプラ散歩する感じにはあまりならない。ただ図書館に向かっているだけである。図書館(などの公共施設)が3つくらいあって選び放題なら割と散歩っぽいと思うが、そういうわけでもないし。

おわりに

色々書いたが、結局、外で書き物がしたいなどという気持ちは捨てて、公園で編みものないし読書をするためにうろうろするのがいいかもしれない。結局。

やや温かくなったので、既に夏に怯えている。本格的に暑くなったら散歩なんか絶対できない。せいぜい5月くらいまでだろう。とにかく散歩をしまくった方がいい。窓を見るのもイヤになる季節がいずれやってくるのだから。

荷物を軽くして、散歩に出かけよう。

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自由の概念

ゆるノーマネー生活、4日目。バターがほしい。ほしいというか、そろそろ使い切る。

昨日の「牛乳がほしい」にあわせて、ほしいものが乳製品だ。そもそもヨーグルトもほしい。自分の人生に乳製品が強く食い込んでいることを実感する。

子供の頃、卵と乳製品のアレルギーがあって、極力減らすように暮らしていた。全カットとかではないのだが、給食の牛乳は飲まないし、お菓子も基本的に食べない、くらいの感じ。その生活を経て、大人になり、乳製品が「自由の概念」になっているふしがある。味とかよりもっと精神的な理由で食べている。逆に、子供の頃食べすぎたので、小魚アーモンドのたぐいは苦手だ。

牛乳とヨーグルトはいまのところ、ほしいとはいえなくてもいけそうだが、バターはそのうち買うと思う。バターの香りって他のものではどうしようもない。人生の中のなくなったら買いたい重要なものとして、最初に、バターを認識した。

こういう、「何が重要?」というのが知りたくて、ゆるノーマネー生活をやっている。いまのところ楽しい。楽しくなくなったらやめてもいい。


そもそも「焦げた香り」と「パリッとした焼き目」に強い執着があると気づく。『新しいカレーの歴史』にも、日本は焦げた香りに強い執着があるっぽいというようなことが書いてあった。

お菓子が食べたいというより、パリッと焼き目をつけてちょっと焦がした、うまみの強いものが食べたいんだろうなと思う。いまのところ、お菓子は食べたくなっていないが。

昔お金がなさすぎて、人からもらった大袋のパスタでしのいでたときに、どうしてもお菓子が食べたくなってパスタをパリパリにして砂糖をかけて食べ、人間はどうにか工夫をするのだな……と感心したことがある。今我が家にはパスタはなく、しかし小麦粉はあるので、そのうち何か工夫をするかもしれない。別に、どうしてもお菓子が食べたくなったら食べたっていいけど。


蟹と魚柄のサコッシュを編んだ。『イメージから選べる編み込み図案&配色パターンブック』掲載の柄。かぎ針編みがやりたいな~と思ったときにじりじり進めていたのだが、ブランケットもかぎ針編みなのでかぎ針編み欲が満たされてしまい、進まなくなっていたので、きっかけを掴んでザッと仕上げられてよかった。

そんなに重いものは入れられないし、そもそもウールのサコッシュなので4月にはもう使わなくなるかもしれないが、散歩のお供としてはむしろこれくらい何も入らない方がいいかもしれない。

このピンクパープルの糸、ラベルをなくしてどこの何なのか全然わからなくなってしまったし、そもそもこれだけウールじゃなくてアクリルである可能性もあるが、どこに使ってもかわいい色で、いい糸だった。ピンクパープルなんて自分じゃ絶対買わない。大昔に買った毛糸の福袋の中から、使いそびれて余っていたひと玉だ。使ったらこんなにかわいいとは思わなかった。色って分からないものだな。

ゆるノーマネー生活中なので、家にあるもので仕上げたが、まあ、これはこれでいいのでは。


ジムに行き、サコッシュを編み上げただけだったが、休日に2行動もとれたら充分なのかも。

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