最近続けて見ているVlogで、お弁当を作っている。なんとなく感化され、作るまではいかないがコンビニでおにぎりを買って公園で食べた。
公園までプラプラ出歩き、食べて、プラプラ30分くらい散歩して帰る、というのは、とてもいいのではないだろうか、もしかして。
散歩、ひいては外出全般、が全然続かないのだが、もう、昼ごはんは家で食べないと決めたほうがいいのではないか。
朝、焦って泣きながら用意するわけではないお弁当は楽しいかもしれないな……とも思った。そもそもお弁当というもの自体は好きでレシピ本も持っている。作るか。お弁当を。おひるの楽しみに。
ひとりで、家で働いて、家で暮らしている。幸福な暮らしだが低きに流れやすく、流れないように気をつけようとするとやはり「いわゆる一般的な勤め人の人生」のコスプレ、みたいになる。日記や日報を書いてインターネットに報告することで生活の句読点を打つのもそのひとつだ。
わざわざお弁当を作って、昼ごはんをわざわざ公園で食べるのもいいかもしれないな。勤め人のコスプレ。
フリーランスになってから朝が好きになった。人に命令されて起きるわけではない朝は自分の人生に良い影響をもたらしている。必要だった。そんなわけで毎朝とてもやる気があり、いろんなことを朝にやっているので、お弁当作りを割り込ませることができるかはちょっと微妙だが、まあ、やってみたっていい。弁当箱もスープジャーも持ってるし。
ちょっとした散歩でも、ちょっとでも化粧、ちょっとアクセサリーつけて、出かけるとうれしいな。うれしいなと思える日は、やるか~。
何しろ人に会わずに暮らしているので、アクセサリーをつける機会を作らないと、ないのである。つけると嬉しい。好きで買ってるものだから。
『自分サイズのセーターを編む』(タイトル通りのことができる本)を攻略した。と思う。多分。正確には、この算出した通りの内容で編んでみて実際に自分サイズだったら、攻略できた、といえるのだが。
嬉しすぎる!
嬉しすぎるポイントその1は、なにしろ数字が苦手だったのに、さくさく計算できたことである。いや、実際に計算してくれたのはGoogleスプレッドシートなのだが、思考停止せずに数式を打ち込んだのはわたしだから。デュオリンゴのおかげで、数字への苦手意識がなくなっている。嬉しい。
わたしは小学校2年生の時にはもう算数に躓いていた。分数どころではなく掛け算くらいからだと思う。結果、様々な苦労をして生きてきた。
30年以上できなかったことができるようになったのだ。ただ自分サイズのセーターが編めるというだけのことではなく、革命である。
そしてポイントその2は、とはいえ自分がこの本なしでやっていた計算は大体合っていたということがわかったことだった。勘でやっていたのだが勘は正しかったし、勘のままやってもそう破綻はしないということなので計算も肌に馴染むだろう。嬉しい。間違っていなかったと立証できるのって嬉しいな。
テンションが激しくなり、今すぐ編み始めたかったが、そんなことを始めたら6時間くらい編み続けてしまうような気がしたので、編み針は持たずに夜を過ごした。
暖かかったので春になったような明るさで暮らしたが、全然春とかではなく、じきに当地にも「最高気温2度、最低-1度」の日がやってくるらしい。恐ろしくて震えつつ、一瞬の春(春じゃない)を噛みしめて、生きる。

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