生存に適した毛皮

紙の手帳をつかんで出かけて、カフェで書き物をしていた。久しぶりに紙の手帳がいっぱい使えて嬉しかった。

手触り、もっというと指先の感覚に強い執着があると思う。万年筆、本革の手帳や財布、毛糸。指先の感覚が快適だと嬉しい。指先の感覚が快適になるもの、を、もっとよくしていくといいんだろうな。肌とか、髪とか。キーボードとか。


紙の手帳でNotionの使い方の分析をする。Notionを使いながらNotionの分析はやりづらい。それはそうと、ちょっと、ちぐはぐでおもしろい。


編み上がったセーターを着ていそいそと散歩に出かけた。反射面にチラチラ映る自分を見て、やっぱり色がいいな、首回りはこれで良かったのかイマイチわからないけどちょっと冒険してみたかったからまあいいか、丈は直したのだがもうちょい長くてもありだったな、など、普段服を着ているときには考えないことを色々思い楽しい。

「自分で作った服」は改善が簡単だから改善案を考えるのが楽しい。おもしろい事実だ。直せるもののストレスはおもしろいのだ。


人間の皮膚の延長線上に直接あるものが服で、つまり、毛皮なんだな、ということを考えていた。自分にとって適切な、自分の生存に最適な毛皮をみんな選んでいるのだ。そういうの考えたことがなかった。

自分の怠慢だけとは言いきれないいろいろ家庭環境的な事情もあり、子供の頃から太っていた。それで外見にコンプレックスがあったし、単純に着られる服も限られたので、服屋で服を選んで入らなくて着られない、という一連の流れが苦痛で、服はほとんど買わなくなった。まあ、そういう人って多いと思う。体調が悪いと顔がげっそりしていて何着ても似合わない、とかもある。

ずっと、生存に適さない毛皮で生きていた。

手編みのセーターで活路を見出している。自分で編んだ服は似合う。少なくとも、好きな色なので。


編み物の話が続くが、糸を買い足したくないというより、どうも「手元に残ったありものの糸で作った服が欲しい」と思っているな……ということに気づく。ランダムに集まってきたバラバラのものをかき集めるという行為自体が好きなのだった。

節約したいとかやりくりしたいとかではなく、「あるものでやる」という行為が好きで憧れがある。

しかしそれは上級者の行為だろうから、やっぱり、合う糸を買い足して編みましょう。憧れというのは、鍛錬しないとなかなか叶わないものだ。


眠い日なりに楽しく過ごす。が、眠すぎた。どうも黄砂や花粉がそろそろらしいのでその影響だろうと思う。それはそうと、数日間、時間を見つけては根を詰めてTRPGシナリオを書いていたので、それもあるかも。1日1時間とかだが、1時間根を詰めてシナリオを書き続けるって、終わったら急速に眠くなるようなことなのかもしれないな、そもそも。

水と酸っぱいものがすごくほしくなった。喉がイガイガしているのだと思う。

送信中です

×

※コメントは最大140文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!