頭がフレッシュに忙しい状態

鬱とは多分関係なく、低気圧でおわっていた。思い悩んだりとかはとくになく、体が重くて眠くて眠くて仕方なかった。急に少し暖かかったのも眠さに関係し、よく寝た。あと、よく食べた。

精神科医にもう20年くらいかかっている。いつも、眠れていて食べれているかと聞かれる。眠りすぎるのも食べすぎるのも困るが、眠れなくなって食べなくなると死が近いのだろうと思う。眠れていて食べれているので、まあ困るけど、一応、大丈夫。


バタートースト、最後の1枚。

この家に引っ越してきてから「行きつけの店」がいくらかできた。チェーン店はいくら行っても行きつけ感はとくにないが、個人経営の店は毎月行っていると雑談もするし、行きつけらしくなっていく。

その店のひとつで、モーニングに出すパンを店で焼いていて、買って帰ることもできる。モーニングのパンだからトースト用だ。買うとき、トーストして食べた方が美味しい、トースト用のパンだから、と説明を受けた。

三浦哲哉『自炊者になるための26週』に、トーストの本質は湯気、あと湯気から立ち上る香りである、ということが書いてあって、トーストを焼いて存在を忘れへなへなにすることがなくなった。トーストというのはカリッとしたところの内側で熱された湯気、と思うと、調理している感が急に出ておもしろい。この本はとてもおもしろいです。

わたしはこの店でだけ食パンを買い、この店の帰りにだけバターを買い、ジャムとかはつけずにバターだけで食べる。やがてパンが先になくなりバターが残る。その、余ったバターでしばらく料理をしていて、いずれバターもなくなり、次にモーニングを食べに行くときまでバターは買わない、という生活を繰り返している。


だいぶ元気になったとはいえ、夜が近づくとどうもメンタルが落ちていき、余計なことを考えるので、余計なことを考えないために三角ショールを編み始めた。ネッカチーフみたいな感じで軽くくるくるっと巻けたらいいなと思って色々みていたのだが、結局10年前に買った『楽しい編み地のえりまき』から編み始める。

編みはじめてしばらくはいつも間違えまくる。いつも通り間違えまくったが、まあ巻いたらわかんないだろうと思ってほどかなかった。もっと先に進んで「わかんないだろうなことはないな……」と思うのかもしれないが、まあ、そのときはじっくり後悔しよう。

新しいことを次から次に始めることによって落ち込みを回避している。頭がフレッシュに忙しい状態を維持したい。結果途中のプロジェクトまみれだが、いいよ、わたしは、片づけるから、いずれ。プロジェクトを片づけるの、得意だから。


TRPGシナリオを高速で書きまくっている。

鬱がある、というのは絶望が日常である、という状態で、絶望に溺れずきちんと見据えられるようになると、沢山書き物ができる。書けたものが良いかどうかはわからないが、絶望していた時に書いたものを評価されることは多い。深く、考えているのだと思う。考えすぎでもあると思うが。

十年前のこと、八年前のこと、五年前のこと、その当時から比べるとずいぶん風化した。時々思いだして怒り直したり絶望し直したりするけど、でも大分忘れた。忘れて良かった。

絶望したら良いものが書けるとしたら絶望も悪くはないが、書いたことによって忘れられるなら忘れるにこしたことはない。書く能力があってよかった。

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