家にある、編み物用の糸が、何もかも半端だ。が、太さが合えば混ぜて使って1枚の服に仕上げられるかもしれないという一縷の望みをかけて、全部並べ、太さを確認した。
ダメだった。
ということは、どれかに焦点を当てて、これにこれを買い足して……という計画を立てていかないと、片付かない。
でも最近買い物をしすぎな気がする。毛糸はまとめて買うとけっこうな額になる。
精神衛生の向上を編み物に頼っているのでドカッと買ってもいいと思う反面、もっと別のお金の使い方をした方が精神衛生の向上に役立つのではないかとも思う。ずるずる編んでいていいのだろうか。ちょっと色々、考えてみましょう……。
というか、「決意して買う」自体にストレスを感じているふしがないではない。まあそれはそうかもしれない。決意は負荷を伴うので。
先月末から編んでいるセーターが、あとはまっすぐ編むだけの段階に入ったので、ちょっと飽きている。もっと煩雑な作業がしたい。というわけで、家にある糸で何か新しく編み始められないかなと思っていたのだが、なにもかも微妙量だなあ。多分ベストを編むつもりで買った糸なのだが、せっかく冬だし、せっかくセーターづいているし、勘がついてきたところでもっと頑張りたい……とも思う。
どうしようかな、と毛糸屋のホームページを眺めているうちに、何も買わず一日が終わる。
整理していたら、「何の留保もなく、これで服は編めない、完全に半端な糸」が少し発掘されたので、とりあえず手すさびにトートバッグを編み込みで編み始め、夢中になって2時半まで編んでいた。
極端な生活をしている。飽きるかハマるか。精神が弱っているな~。
アンハッピーな出来事が重なり、スコーンと落ち込んでいて、完全に取りかえしがつかなくなっていて、困っている。それはそうと外出日だった。どんな小さなストレスでも、これ以上重なったらわたしはズドンと落ちるぞ、という確信があったが、出かけないわけにはいかない。
公共交通機関に乗るストレスと歩ける元気を天秤にかけ、電車移動の距離を最小限に縮めて、極力歩いた。まあ、歩いて良かったと思う。
体を動かしていると頭の中が暇で、頭の中が暇だと余計なことを考えてしまう、という理由で運動が苦手なのだが、鬱のときは外を歩いたり日光を浴びたりしたほうが絶対に良い、とされているので、気をつけて出歩きたい。まっすぐ歩けて周囲の危険に気を払える状態なら歩いた方がいい。
昼に地震があった。それと関連性は全然ないのだが、晩ご飯を食べた店のレジがわたしの目の前で止まり、身動きができず15分くらい待った。
もう一個くらいトラブルが発生したら何かオカルトを信じてしまう、と思ったがそれ以外何事もなく帰宅した。よかった。わたしを軸に起こっているというだけで、個々のトラブルに因果関係はないから。
以外と、目の前でレジが止まっても、ストレスで爆発したりしなかった。多分、店員さんが猛烈に焦っていたからだろう。自分より困っている人がいると、爆発してる場合じゃない、という側面はたしかにある。
まあ、具合が悪くてたいして働けていないうちに、勉強したりして、せっせとやることやってるときにはできないことをやる、というのが良いのだろう。
夜、人と話していて、色々愚痴っぽいことを言ってしまい、どうもいけないな……と反省し、仕事を少し整理した。うまくいけば休めるかもしれないし、まあ休めないなら休めないで、極力休み気味に回すこともできる。
風呂と散歩と早寝早起き。欲望に溺れず、流されず、少しでも幸せになれるように気を配る。柔らかいものを触ってもいいし、いい匂いを嗅いでもいいし、美しい音楽を聴いてもいいわけなので。幸福感を習慣化し、鬱から這い上がろう。

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