月: 2026年1月

色選びができるタイプ

しばらく具合の悪さを嘆いていましたが今日は多分元気。持ち直したかな、多分。でもこれは昨日の分なので、まだやや不元気な日記。


クーポンを期間内に使えたことがほとんどない。

ネット通販で、自動的にサジェストされるものではなく、紙のクーポンを、ああこれ持ってますと言って引っ張り出せたことは、ほとんどないと思う。同じ話だと思うが、ポイントをためるのも苦手だ。

ここに、ユザワヤの40パーセントオフクーポンがあって、いまドカドカ毛糸を買う時期なんだから使った方がいいと思うのだが、まあ、つまり、使えずに期限が切れる気がする。明日行けなかったらもう諦めてもいいのかもな。もらった瞬間店を回り直して買えばよかった。


一昨日編み始めたトートバッグ、糸が尽きてしまった。糸が尽きる前に次の糸を手配する元気もなかったので、ありものの糸を無理矢理合わせてみるが、色が合わないものは合わないという事実が分かったのみだった。ほどくか……。

色選びは得意な方だ。子供の頃、絵画教室に通っていて、色が濁っていたり色合わせが悪かったりすると先生から「色が変だから直しなさい」ではなく「こんな色を使うなんて体調が悪いんじゃないか」とまず言われていた。だから、絵というかデッサンをとるのは下手だが(下手だった)基本的な判断能力のなかで色選びができるタイプではある、と思うようになった。先生もつまりそう思っていたのだろう。アイデンティティの確立。

色だけ塗りたかったがデッサンをやらされ、絵を早く仕上げるように急かされるし、机の拭き方が雑だと他の子と比べられ、絵画教室は苦手だったが、色で体調をはかる習慣だけは残った。

デッサンは今でも下手だ。色合わせは、ダメかもだがワンチャンかな~と思って合わせると大抵ダメで、まあ間違いないだろうと思ったことは、まあ間違いがない。


セブンイレブンで「フルーツケーキ」を買った。どっしりねっとりしていてスパイスとドライフルーツが入っていて、煮たリンゴやジャム、ホイップクリームが載っている。「焼き菓子屋さんのケーキ」という感じ。

こういうタイプのケーキを出す美味しい店が近所にあるのでセブンイレブンで買う必要は一切ないのだが、「なんか逆に、こういうほうが『気が利いて思える』な……」ということを、セブンイレブンも知っているんだな……と思い、なんとなくおもしろくて買った。美味しかった。

こっちに引っ越してきてから、個人経営のカフェによく行く。ファミレスやチェーン店が全然なくて個人経営のカフェはたくさんある土地なのである。

個人経営のカフェはこういう「焼き菓子系」のケーキを置いていることが多いと思う。店主が業務の合間に焼いているのだろう。業務の合間に焼いているから日持ちがしてそこまで厳密な作業ではないものを置いているという順序だと思うが、逆説的に「パウンドケーキのほうが、むしろ、よく気の利く個人経営のカフェみたいである」と感じるようになっていた、自分は。

セブンイレブンのフルーツケーキは良い匂いがして美味しかった。大きいピースが2個も入っていて、まあ、ひとりで食べるものではなかったが。余りはいったん冷凍した。


フルーツケーキをつつきながらコーヒーを飲み、しっかり作業が捗ってよかった。楽しくなって、久しぶりに22時までやっていた。

具合、もしかして、良くなったか? 良くなったと言い切るにはちょっと不安定な気がするが……。

最近、鬱というか、鬱と躁を繰り返している感じの日々が続いているので、躁に切り替わっただけなのではないかとやや不安ではある。が、いったん鬱を抜けたこと自体はよかった。とにかく苦痛だし、人に迷惑をかけるので。躁で人に迷惑をかけたことはたぶんあまりない……と……思う。心配をかけることはあると思うが……。

あと、鬱だと体がいつもより冷える気がする。体の動きを無意識に省コストにしているんじゃないだろうか。


どうにか作業を切りあげたあと、毛糸をネット通販した。

憂鬱な気分を抜けたとはいえ、まだ体調に不安があり、色合わせがうまくできる自信がなくて、運を天に任せ、福袋を買う。この世には毛糸の福袋というものがある。来たものを見て考えようと思う。

体調が悪いと、色が合わせられないタイプ。

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どこにも帰属していない時間

11時から家の近くで約束があったのに10時20分に起きた。どうせわたしは病気の関係で朝起きてすぐごはんを食べては行けないことになっているので朝ごはんのことは無視し、焦ってはいけないしな……と思って10分編んで、そのまま編みかけを持って出かけ、出先でもちょこちょこ編んでいた。

自分の完全な支配下にあるプロジェクトを持ち歩いていると、精神が安定する。


新しく編み始めたおかげなのか、メンタルがやや落ち着いている。新しいことを始めたからリフレッシュしたのかもしれないし、もしかしたら大きいものを編むより細切れのタスクを抱えた方がいいのかもしれない。

かぎ針編み、技法としては好きだが、あまり納得のいく作例がなかった。モチーフ繋ぎは可愛いがタスクとして細かすぎて自分向きではないと感じており、あみぐるみは昔作っていて楽しかったがあんまり沢山作ってもたまるばかりなので、そうなると安定してこれというのがない。

今編んでいる編み込みはマットな仕上がりだし、パターンもおしゃれで楽しい。『イメージから選べる編み込み図案&配色パターンブック』という本から編んでいる。

編み込み模様の鞄とか編みまくろうかな。帽子とか。また帽子?


やや具合がよかったのは、ちょっと暖かかったからかもしれない。日が落ちてからも外気温7度の世界で助かった。7度って別に暖かくはないのだが、随分楽に感じる。人間って慣れる生き物だなあ。

編んで、少し書いて、編んで、少し書いて、編んで……を繰り返し、だいぶん頭の中が整頓されてきたというか、頭の中をそのまま書き起こすことに成功し始めた。言い訳、整頓、対外的に説明のつく分かりやすい表現、そういうのはまだ要らないので、すべて言葉にする、をやってみている。

副産物的にシナリオをひとつ考えたので、今週中時間を見つけて書こう。

とはいえ明日も出かけなくてはならないが、まあ、ちょいちょい出かけるくらいがいいのかもしれない。


編み物のことを毎日考え、日々本を読んだり動画を観たりブログを検索したりしていろんなことを新しく知っている最中なので、これをTRPGシナリオにできたらいいのになと思うのだが(去年1本書いたが)、でも、何とも関係のない、他者との繋がりのない、ただの趣味、に没頭しているということ自体が大事なのかも知れないな。

既存の友達が編み物をしていることはあっても、編み物で知り合った友達も別にいるわけではないため、他者と編み物によって何か関連しているということが全然なく、それがかえっていいのかもしれない。

どこにも帰属していない時間が必要で、それが精神をフラットにしている、という可能性はすごくある。

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幸福感を習慣化する

家にある、編み物用の糸が、何もかも半端だ。が、太さが合えば混ぜて使って1枚の服に仕上げられるかもしれないという一縷の望みをかけて、全部並べ、太さを確認した。

ダメだった。

ということは、どれかに焦点を当てて、これにこれを買い足して……という計画を立てていかないと、片付かない。

でも最近買い物をしすぎな気がする。毛糸はまとめて買うとけっこうな額になる。

精神衛生の向上を編み物に頼っているのでドカッと買ってもいいと思う反面、もっと別のお金の使い方をした方が精神衛生の向上に役立つのではないかとも思う。ずるずる編んでいていいのだろうか。ちょっと色々、考えてみましょう……。

というか、「決意して買う」自体にストレスを感じているふしがないではない。まあそれはそうかもしれない。決意は負荷を伴うので。

先月末から編んでいるセーターが、あとはまっすぐ編むだけの段階に入ったので、ちょっと飽きている。もっと煩雑な作業がしたい。というわけで、家にある糸で何か新しく編み始められないかなと思っていたのだが、なにもかも微妙量だなあ。多分ベストを編むつもりで買った糸なのだが、せっかく冬だし、せっかくセーターづいているし、勘がついてきたところでもっと頑張りたい……とも思う。

どうしようかな、と毛糸屋のホームページを眺めているうちに、何も買わず一日が終わる。


整理していたら、「何の留保もなく、これで服は編めない、完全に半端な糸」が少し発掘されたので、とりあえず手すさびにトートバッグを編み込みで編み始め、夢中になって2時半まで編んでいた。

極端な生活をしている。飽きるかハマるか。精神が弱っているな~。


アンハッピーな出来事が重なり、スコーンと落ち込んでいて、完全に取りかえしがつかなくなっていて、困っている。それはそうと外出日だった。どんな小さなストレスでも、これ以上重なったらわたしはズドンと落ちるぞ、という確信があったが、出かけないわけにはいかない。

公共交通機関に乗るストレスと歩ける元気を天秤にかけ、電車移動の距離を最小限に縮めて、極力歩いた。まあ、歩いて良かったと思う。

体を動かしていると頭の中が暇で、頭の中が暇だと余計なことを考えてしまう、という理由で運動が苦手なのだが、鬱のときは外を歩いたり日光を浴びたりしたほうが絶対に良い、とされているので、気をつけて出歩きたい。まっすぐ歩けて周囲の危険に気を払える状態なら歩いた方がいい。


昼に地震があった。それと関連性は全然ないのだが、晩ご飯を食べた店のレジがわたしの目の前で止まり、身動きができず15分くらい待った。

もう一個くらいトラブルが発生したら何かオカルトを信じてしまう、と思ったがそれ以外何事もなく帰宅した。よかった。わたしを軸に起こっているというだけで、個々のトラブルに因果関係はないから。

以外と、目の前でレジが止まっても、ストレスで爆発したりしなかった。多分、店員さんが猛烈に焦っていたからだろう。自分より困っている人がいると、爆発してる場合じゃない、という側面はたしかにある。


まあ、具合が悪くてたいして働けていないうちに、勉強したりして、せっせとやることやってるときにはできないことをやる、というのが良いのだろう。

夜、人と話していて、色々愚痴っぽいことを言ってしまい、どうもいけないな……と反省し、仕事を少し整理した。うまくいけば休めるかもしれないし、まあ休めないなら休めないで、極力休み気味に回すこともできる。

風呂と散歩と早寝早起き。欲望に溺れず、流されず、少しでも幸せになれるように気を配る。柔らかいものを触ってもいいし、いい匂いを嗅いでもいいし、美しい音楽を聴いてもいいわけなので。幸福感を習慣化し、鬱から這い上がろう。

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いろんな手札を持って、いろんな方法で

かなり精神状態が悪くてどうしようかなと思っていたが、持ち直した。

とはいえあんまり忙しくしすぎず、しばらくはぼんやりめに過ごしたい。忙しいのだが、あまり「忙しいのだが……」とも思わない方がいいだろう。


朝、久しぶりに普通のパスタを食べた。普通のパスタというのは、ゼンブヌードルではないという意味。まんまと血糖値スパイクに至り、ハンモックにひっくり返る。そして、足がつった。

何もかもうまく行かない人の例……と思いながら、お風呂を入れてお風呂に入った。足がつったら温めると治る気がする。

そのままお風呂に二時間入っていたら、肉体も精神もなんとか持ち直した。長風呂が利くときも利かないときもあるが、今回は有効だったらしい。何が正解で何なら利くと決まっているわけではないので、いろんな手札を持って、いろんな方法でやってみるしかないよな……と思う。


食欲がないというわけでもないのだが何が食べたいのか曖昧で、結果的にあまり食べたくない。思考のリソースが減っている。

色々切らしているのも理由のひとつだと思う。とりあえず牛乳があったほうがいい。BAKEDオーツは結局牛乳で食べているし、何も食べたくないときでも牛乳飲んでるだけでもいいから。久しぶりにローリングストック牛乳を頼んだ。


1月の計画が立っていない。2026年の計画を立てるのに夢中になっていて、気が済んでしまっていた。

これまで紙の手帳でやっていたことを、最近、大部分Notionでやっている。結果として、去年用意した手帳が大分使えていないのだが、まああれば何かに使うかもしれないし、ないよりいい。まとまったものを紙に書き直してもいいし。

タスクリストを毎日作り直すスタイルになったのは紙の手帳をしっかり使った成果だ。両方のいいところを取り入れていくのがいいと思う。

無事、優先的にやるべきことが整理できた。整理できていると、「こんなことやってる場合じゃないのに!」と思いながら過ごすことがなくなるので、メンタルケアに良い。しかしメンタルの具合が曖昧なので、あんまり「いつまでにこれをやる」と締切をキチキチ詰めず、ぼんやり「優先事項これ」くらいで進めるのがいいかもしれない、1月は。


観たい映画があるでなし、みたいなことをぶつぶつ言っていたが、結局『名探偵ポアロ』に戻った。ポアロはメインキャラ4人の間に強い感情がないところがいい。なんとなく曖昧にお互いのことをちょっとバカにしたりちょっと可愛がったりしつつ、敬意を払いあっている。

事件は恋愛ものが多く、わたしは恋愛ものがだるいときがたびたびあるのだが、まあ、ミステリドラマの恋愛は大抵破局する恋愛だし、そんなに気にならない。メインキャラは全然恋愛に興味がなさそうに見えるし。

観ていたらいつのまにか、セーターの袖が編み上がっていた。


寝室ノースマホ運動を再開。

ベッドで本を読むと肩が寒いので、スヌードを頭から被って本を読んでいた。

ロングスヌードは自転車通勤をしていた頃に編んでよく使っていたものだ。ぐるぐる巻きにしておくと落ちてこないので自転車事故が防げて便利。しかし最近は出番がなかった。

別途用途が見つかるならいいけど。でも、耳と肩を温めるためなら三角ショールの方がいいかも。いずれにしろ肩や首を守るものはいっぱい持っているので使いましょう。

枕に香水も振った。いろんなことをして心地よく過ごしましょう。


しばらく、日記のリンクを張るときだけSNSに上がって、基本見ない、というスタイルでいくことにする。

家でひとりでいてSNSも通話もしないでいると、「他者」がなくて、寂しいというかこんなになくて大丈夫だろうかと焦るのだが、まあ、本を読めばいいと思う。

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「鬱っぽい」の方

具合悪めなので、日記に書くような素敵なことはない、正確には受容体がないのだが、書かなくなるのもさみしいので、書いてみましょう。


お正月にかまけて放置されていたごはんと、年末にちょっと使って残っていた玉ねぎと、2個残ってた卵で、醤油味の焼きめしを作って、これが新年初自炊かな、一応。

年末年始の間手つかずで放置されていた白菜があるのでそれをそろそろ料理しよう。キムチ鍋のもとがあるのだが、なんとなくクリスマス付近は洋食、年始は和食……という気分で、ずっとほったらかしになっていた。

ケのめし。


せっせと働き、シナリオの修正をやり、あとは編み物をしていた。手は動くが、精神の乱れが強い。

鬱っぽい、と調子いい、を短いスパンで繰り返しているような感じなので、調子いい、というより、躁っぽい、と言った方がいいのかもしれない。うまくいっているなと思っても、ちょっとしたことでがたっと崩れて、頭の中がモヤーッと混乱していく。

ということは「鬱っぽい」の方に、照準を合わせて過ごした方が、本当はいいと思うけど、クリスマスくらいからあんまり働けてなくて休みに飽きていて、働きたいので働いている。

うーん。まあ、鬱に照準を合わせるって言ったって、何をしてたらいいのかの正解は分からないままだし。そもそも正解ってないのかもしれないな。


鬱っぽくなる理由はいくつか、具体的に分かっている。そして対処のしようもない。と、いうところに、世界情勢が重なってめちゃくちゃになってしまった。何の情報も入れない方が精神状態にとっては良いと思うが、世界の一員としては良くないので、いけそうなときを狙ってちょっとずつニュースを読んでいる。

立ち向かいたいとも思う。いろんなことにね……。


編み物、気になっていた新しい技法を試したり、片袖編み上げたりしたが、正直、あとはもう無地のところが長々と続くので、やや飽きている。

次何編むかそろそろ考えてもいいかもなと思う。編み物以外の事をしたっていいんだけど。手をとにかく動かすのと、ほどほどに頭を動かすのが大事なので、編み物じゃなくてはいけないというわけではない。

が、この、興味が強くあったり失ったり、みたいな感じも、精神の乱れかもしれないので、あんまり細切れにいろいろやるのもよくないのかもな……。

本当は、こういう単調な作業をしながら映画とか見た方がいいのだが、適切な外部刺激の種類がわからないのだった。


といった感じで割と困っている。何が入り組んで困っているのか、解決の糸口はないのか、分析した方がいいだろうな。

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手で考えないための時間

雪だった。

この家で過ごす冬は2回目である。去年この家で、極端に寒いと思った覚えがそんなにないのだが、はじめての冬で高揚していただけだろうか。広い家を暖めるのは大変だ。

自分は生活の知恵的なものが時々極端に乏しいことがあるので、広い家の先輩がどうしているのか、もっとちゃんと調べた方がいいのかもな。


TRPGシナリオを書いて、編み物をして、手帳をつけている。TRPG関係の本、編み物関係の本、手帳、すべてがB5サイズである。おまけに編んでいるものは厚手のセーターで、糸玉も大きい。

いつもは編み物を別の部屋でやっているし、手帳も別の部屋で書けるように用意があるのだが、外気温の最低が0度を下回るようだと、さすがにこの家の貧弱な暖房を分散させないほうがいい。

というわけですべて、仕事部屋のデスクの上に集めており、デスクが本当に散らかっている。結果、紙の手帳を開くのが億劫になっており、これはまずい。だいぶNotionに移行している最中とはいえ、紙の手帳に頼っている部分は多いので、書かないと回らなくなってしまう。

うーん。どうか考えた方がいい。手帳とシナリオはここで書く用意があるのだが編み物は割り込んできた形なので、ちゃんと居場所を作った方がいい。このセーターを編み上げるまで、まだまだ、しばらくかかるはずだから。


午前中、いろいろなことをばたばたとこなしたら、すっかり疲れてしまい、他のことが手に着かなくなったので編み物を進める。

編み物をしている間、手がずっと針を持っていて、ペンを握ったりキーボードを叩いたりできない。できないというか、しない状態になっているというか。

手書きにしろタイピングにしろ、書くのは早い方だ。書きながら考えていると、考えがどんどん「速く」なってしまう気がする。極端な方へ傾いてしまうというか。

編み物をしていると思考はまとまらず、散ったり寄ったり舞い上がったりまた降りてきたりを繰り返す。そのうちに思考が固まってくるまで、手で考えないための時間なのかもな、と思った。手で考えるときちんとした結論が出るが、結論がそもそもないことを考えているときもあり、そういうときは、手を他のことに使って、頭だけで考えたほうがいい。

4時間くらい編み、編みながら考え、思考がパチンとハマり、次の作業に移れた。


今編んでいるセーターはおそろしくあたたかいので、中に着る薄手の長袖Tシャツか肌着が要ると思う。さすがに出先でスポッと脱ぐことはないかもしれないので別に肌着でいいのかな。

長袖の肌着ってヒートテックしか持っていないが、ヒートテックである必要はない上、ヒートテックも「本気の外歩き」みたいなときに着る用で年に数回しか着ないのでいつ買ったのかわからないやつだ。

本当に汗っかきなので、セーターからわたしを守るためではなく、わたしの汗からセーターを守るために、長袖の肌着が要ると思う。よく、寒いだろうと思って服を選んで、最終的に下層部の服をびしゃびしゃにしてしまうので。


正月はずっとなんだかんだで「ちょっといいごはんを……」と思って過ごしてしまいなんとなく疲れた。31日くらいから3日くらいまでそんな感じなのでちょっと長すぎる気がする。その少し前にクリスマスでもちょっと浮かれてしまうし。

食べるもの以外は案外普通にしているのだが。来年はどこかでおせちを買おうかなあ。いっそ。むしろ。

4日からはケのごはんに戻す予定。

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2025年、編み物をしていた

はじめに

2025年ははじめてウェアを編んだ年だった。編み物を始めてからおよそ35年くらい経って急にウェアを始めた。

このHPは編み物の話をする場所では本来ないので解説しておくと、ようするに服やその他具体的に身につける実用品を編むようになった。

それなりにいろいろ編んだので、備忘録をつけておく。

ウェアを編むに至った経緯

そもそもなぜ編み物でベストやセーターを編もうと思ったのか、そのきっかけだが、2024年夏から2025年春にかけて、アニメ『オッドタクシー』と、その続編の漫画にすごくハマっていた。

万事感情が大きい質である。何かにハマっている間、つねに、激しい感情を持て余している。朦朧とするほど大きい感情を持て余した結果、ピンク色の毛糸を20玉と、『増補改訂版 セーターの編み方ハンドブック』を買った。

「愛」を編んで着なくてはならないと思ったため。

で、編んだのがこのベスト。

急にこれを編み、ウェアに目ざめたのだった。

これまでのこと

編み物はそもそも祖母から習った。何歳だったか忘れたが5歳から8歳の間のどこかだと思う。母も姉も叔母も編み物をしていたので、編み物を学ぶのは自然な流れだったが、服というか、身につけるものを作ることにあまり興味がなかった。

編み物の技法は好きだし編み上がったものも好きだったが、暑がりで、マフラーも手袋も使わなかったし、セーターもあんまり好きではなかった。30代になってようやくマフラーをまともに使い始めたくらいだったので、編んだものを身につけることに全然興味がなかった。

あわせて、体型が一般的ではないので、本の通りに編んでも全然体に合わない、と思われるのだ。というか、「服が体に合って心地よい」と思ったことがない。いつも無理矢理着ている。そういう感じだと、服を手に入れるのは面倒臭くて苦痛を伴う行為で、あまりポジティブな印象は持てない。

つまり、ウェアを編もうと思ったら本の通りに編んでも大抵多分着られず、自分の方で独自に調整したりやることが多いのである。まあ、面倒臭い。というか今でも面倒臭いには違いない。歳を取って面倒臭いということ自体に耐えられるようになってきたと思うが。

というわけで全然、ウェアどころか実用的なものはほとんど編んでいなかった。人生のうちで一番完成させた編み物はあみぐるみで、次点は鞄とか袋、ここ10年は数年おきにマフラーやスヌードを新調する程度だった。

ベストやセーターを編んだら着るかも、と思うようになったのは、歳を取って、若い頃よりは暑がりであなくなったから、というのもあると思う。

そんなわけでわたしは不真面目ニッターとしてチャラチャラと、好きな模様のスワッチだけ編んで特に何も完成させずに放置、とか、人の推しキャラを急に編んでプレゼントして手元になくてスッキリ、とか、編み上がって満足したのでおもむろに全部ほどいて編むところだけ楽しむ、みたいな感じで長らくやってきたので、編めるっちゃ編めるのだが、段数をまじめに数えたり、目の増減をまじめにやったり、そういうのはほぼやったことがなかった。編み図も読めるっちゃ読めるのだがそもそも編み図通りに編んだこと自体ろくすっぽなかった。

「大体のことは知っていて、手も均一に動かせて、やりたいことは大抵できるが、特にやりたいことはない人」だったわけである。

そんな感じだったのだが、10年来の友人が、ここ数年猛烈に編み物をしていて、ウェアを編みまくっていた。SNSでその様子を見ているうちに、なんとなく興味が出てきた、というのも、理由のひとつだ。友人には、編みまくってくれてありがとう、と思う。人がやりまくっていることって楽しそうだから。

ピンクのアランニットベスト

ウェア1枚目。

前述の通り、「愛」を着たいな……と思って編んだ。

形は『セーターの編み方ハンドブック』掲載の「Vネックベスト」(適当に調整したところもあり)、模様は自由にやった。袖も襟もの減らし目をする自信がなかったので、袖がまっすぐのデザインを選んだ。

アランニットを編むのにハマっていたことがあり、技法としては一番好きである。「愛、富、人生」をテーマに模様を組み立てた。総柄。がんばっている。

脇をゆるく作りすぎてあとから誤魔化したところがあるし、襟と模様がズレているし、襟のゴム編み止めもうまくいっていないところがあるのだが、それでもこのベストはとても気に入っているし似合うのでよく着ている。

手芸屋「ドリーム」のオリジナル糸「ウォッシャブル純毛合太」で編んだ。この糸は割れやすくてだるいところもあるが、とにかく軽くていい。サッとふんわり着られてよい。

編み込み模様のドードーベスト

2着目。

『オッドタクシー』に登場するドードーを柄として編み込んだセーターなので、これは二次創作セーター。写真の上では、ドードーの背に、わたしの推しキャラのフェルトブローチがくっついている(これも作った)。

ピンクのベストと形は大体一緒で、襟だけ丸くした。

深夜にどうしても編みたくなって、家にあったいろんな毛糸で場当たり的に編んだので、何を使ったのか不明。リブの分だけ買い足した。ダルマの「GEEK」。

これも今見ると反省が多いし、無計画に編み込みをやったので裏がグチャグチャなのだが、楽しく作れて良かった。同人誌即売会に着ていって、いろんな方に褒めて頂いた。

黄緑色のアランセーター

3着目。

そろそろセーターにも挑戦してみるか……と思った。

ダルマ「GEEK」の編み心地にハマり、もっと編みたくなって追加でたくさん買い足した。前述の通りこれまで編めたら良く、何の糸でも良かったため、こんないい糸をまとめて買ったのは生まれてはじめてだった。気合いを入れて模様を組み立てた。

『セーターの編み方ハンドブック』の「基本のアランセーター」を参考にしつつ、あちこち変えたり、一生懸命計算したりして肩を編んだはずだが、何を計算してどうして合ったのかもう全然覚えていない。

袖の2枚目を編んでいる最中に夏が来て触る気になれなくなり止まっていたが、寒くなってから無事完成。

ビギナーズラックにすぎないと思うが体型と希望にぴったりのものが編めて、とくに肩周りはだぶつかずぴたぴたすぎずに編めた。すごく着心地が良く、気持ちよくなり、ここで本格的にウェアにハマった感がある。

『amuhibi KNIT BOOK』より「RED CARDIGAN」(途中)

4着目。まだ途中なのだが、編んでたものということで置いておく。

RED CARDIGANという名前なのに全然青い糸で編んでいて申し訳ない気もするが、このカーディガンは丸くなったガーターの裾デザインが可愛い。丈や袖周りは体型に合わせて調整している。

GEEKがまだ編みたくて、もしかしてメリヤスで編んだ方が糸が映えていいだろうかと思い編んでみたもの。本体は編めたが仕上げ分の糸がぎりぎり足りなくなり、糸を買い足しているうちに年を越した。

こういうさらっとした羽織り物のほうが全然普段から着るような気がするよな……と思うが、セーターを編むのがとにかく面白く、今後進む先に迷っている。

魚類の進化セーター(途中)

5着目。これも途中というか、12月28日に編み始めた。

12月にamuhibiさんの実店舗に行く機会があり、そこで買った「Manchelopi」というロピヤーンで何を編もうか色々考えた結果、やっぱりアイスランドロピセーターを……と思って……思ったはずが編み込みで遊びすぎた。あと、急にトップダウン。

何かに準拠して編んでいるわけではなく、あらゆる丸ヨークの編み図を参照できる限り参照して、多分こんな感じ……と思い、探り探り編んでいる。あからさまな失敗も、悪くないけどこうじゃなかったな……もあるのだが、手探りで編むのも面白い。というかわたしのニッターとしての人生はずっと手探りでずっと場当たり的だったので、やっと自分らしく振る舞っている感じがして、それはそれで、いい気持ちである。

ニットキャップいろいろ

合間にニットキャップも編んでいた。ニットキャップって若い頃は本当に似合わなかったのだが、最近妙に似合うようになった。似合うなら、じゃあ、そんなの、じゃんじゃん編むよ。すぐできるんだから。

しかしニットキャップの世界も奥が深い。ぼちぼちがんばりたい。

IKEAのクマがモデルをやっています。

くげなつみ『わたしのえりまき』から。頭のサイズに合わせていたら作品意図とは違う仕上がりになってしまい、あんまりうまくいかなかったが、とてもあたたかいので風の強い日に重宝。

なんとなく適当にやったアランニットキャップ。お友達がニットキャップ欲しいと言ってくださったので性格のイメージに合わせて編んだもの。「突撃、勝利、財宝」って感じ。

アランニットのボンネット。『amuhibi KNIT BOOK』にボンネットが載っていて可愛くて編み始めたのだが、いろいろやっているうちにほぼ別物になってしまった。

大変似合うのでよく被っている。ちょっと小さすぎたので、リベンジしたい。

写真に撮るほどの段階ではないのだけど、旅行中4つ目のニットキャップを編んでいて、今魚類の進化セーターにかかりっきりなので放置されているが、編んだら終わるようなものなのでサッと編みたい。

あと、編みかけといえば実は、2着目と3着目の間にかぎ針編みのジャケットを編みかけていたのだが、かぎ針編みで大きいものを編んでいると高速で糸がなくなる。という、事実に、怯えてしまい、止まっているのでこれは解くと思う。相当軽い糸で編まないと重いと思うし……。

終わりに

服を編むことで、自分の身体について自覚的になって、それがよかったなと思う。あと、「普通の人の普通の生活」に感情があるので、特に伝統ニットについて読んでいると急に歴史が接続する感じがして、それが心地よい。

服に興味がない人生だったが、持てて良かった。2026年も色々編もうと思います。

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絶対に何かを手に入れよう

親兄弟で集まって肉でも食べようという予定があったのだが、起きたら喉と鼻の具合が悪く、うーんと悩んだが行かないことにする。年始は人が行き交うので、感染症をわたすのももらうのも怖すぎる。

というわけで急に予定がガラッとなくなった。寂しいような、気が楽になったような。具合は夜には良くなった。


喉は微妙だったが、ものすごくやる気がある。働いたり、HPをいじったりブログを書いたり、Javaの勉強をチラッとやったりした。自分が勉強するのが本当にJavaでいいのかもよくわからないままなんとなく読み始めたが、まあこういうのはいったん様子を掴むのが大事、自分は。

昨日は「作業始め」かつ「仕事始め」、今日は「勉強始め」。

クリックゲームは前から作りたくて、何を勉強したらいいのか友達が相談に乗ってくれると前々から言っているので、年始があけた頃に1回連絡してみようと思う。


TRPG関係の日記というか日報を別途つけることにした。月刊かびや-雑文

あちこちに色々あってどう、と思わなくもないが、まあ、やってみましょう。noteやファンボックスやふせったーや各種SNSにいろんな話題が散らかっているよりは、マシなはずだから。

TRPGのほうの活動に興味ある方はかびやHPもよろしくお願いします。


毎日、30分と10分を計る機会があり、タイマーに悩んでいた。急に思い立ってあちこち検索して周り、買った。気に入るものだといいが。

わたしは「曖昧に丸いもの」が嫌いで、丸いものと四角いものが混在しているデザインもあまり好きではない。タイマー、とくにキッチンタイマーは、形は丸いか丸っこい四角で、文字盤に表示されるのは角張ったデジタル文字であるという点がすごくいやでなかなか気に入るものが見つからなかった。しかも色も本体が明るくてデジタルの文字盤は暗いのでアンバランスなのも、いやだ。

というわけで、買ってはみたものの、気に入るかどうかはわからない。まあ、失敗したっていい、大した額じゃない。見た目がどうあれ、機能としては使えるはずだから。


チェコの大人気キャラクター「もぐらのクルテク」について急に知る。

か、か、か、かわいすぎる。動揺し、30分くらい検索しまくって、いろいろなグッズが日本でも買えると知り、何か欲しいと思ったが、なにもかもかわいすぎてむしろ勢いでは買えなかった。

予算を組んで、近々絶対に何かを手に入れよう。

もぐらのキャラクターって丸くて素朴で自分の好きな雰囲気であることが多く、いつも心を掴まれてしまう。『オッドタクシー』で一番好きなキャラクターももぐらだ。


レンチンホットミルクチキンレースに、しばらく挑戦していた。3分チンしたらさすがに多かったらしくこぼれた。今の我が家の電子レンジでホットミルクをアチアチにするには、2分40秒が多分適正。


いろいろ試行錯誤をしていたオレンジ色の丸ヨークセーター(「魚類の進化セーター」)、袖を編み始めてだいぶん服らしくなった。このまま試行錯誤を続ける予定。半分くらい実験だ。楽しい。

これが佳境なので、別のことを考えている場合ではないのだが、しかしいかんせんやってることが実験すぎる。実験ばかりやっていると不安になってくる。なにか「勉強」っぽいものというか、もう少しオーソドックスな、軸足がはっきりしたものが編みたい気がしてきた。

今回編んでる丸ヨークセーターの技術を定着させるためにもう一枚似たようなのを編みたいような、もっと練習っぽい、もっと基本的な技法に立ち返った方がいいような。丸ヨークセーターを編むために編み物の本を読みまくったので、読む技術自体上がっているはずであるため、改めてきっちり本の通りにやりたいような。

いや、しかし、自分のサイズに合ったセーターの計算方法をいい加減把握した方がいいかも。そういう本があるので、まず買うか。


夜、コーヒーをひっくり返してパソコンにひっかけてしまう。コーヒーをひっくり返すなんて、この家に引っ越してきてから一度もなかったので、ひっかけたこと自体より失敗してしまったことに落ち込み、精神が乱れる。

結果、眠気が吹っ飛んでしまい、夜を徹して作業をしまくる。

Notionの整備をして機能を調べ、定刻になったらルーティーンがPOPする仕組みを組み立てたりした。便利になったが、夜の遅い時間にやることではなかったかもしれない。多分効率的ではない手順でやってしまったと思う。


いつもお世話になっている新星急報社さんが年始の「運試しランダムアクセサリー」をやっていらっしゃるので、喜んで買った。新星急報社さんはそもそも偶然性を重視して作品を作っていらっしゃるので、こういう福袋的なものもコンセプトが合っていて素敵だ。

まだ買えるみたいですよ。

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2026年の目標

はじめににかえて、WISHリスト2026

今年のWISHリスト100を作った、という画像。WISHリストはいつもGoogleスプレットシートで作っている。

年間フィードバックと来年の計画は10月にやった。そのときに作ったWISHリストを、時々見返しては直しつつ3ヶ月過ごして、今日改めて見返してまあこんなもんだろうと思った。

というわけで、こういう感じで行こうかと思う。

年間計画とWISHリストの作り方を教えて欲しいと、よかったねコメントでいただいているのですが、割とややこしく、年内に返せずすみません。余裕あったらどっかで説明します。

2026年の全体目標

  1. 心地よさを考える
  2. 「見せない自分」を大事にする
  3. じっくりやる

ひとつひとつ、以下に、今思っていることを書いておく。

心地よさを考える

居心地の良い関係性、着心地の良い服、住み心地の良い家、生きやすい人生。そういうものに最近、ようやく関心がある。

自分の人生を心地よくしたいと思っているというより、世の中の人がそれに関心を持っていろいろ工夫していること、歴史的にみんないろんな工夫をしていること、それ自体への関心。ひいては、手工芸や、食べること、お風呂や温泉、生活レベルで触れている「心地よさ」がどう形成されたか、に関心がある。デザインとか、整頓された情報、文章の読みやすさ、とかも。

自分の身体的な心地よさにあんまり関心がなく、不快でもそこまで気にならない。そういう感じでぼんやり生きているのを改善したいともながらく思っている。しかし、ただ自己管理を頑張って……と思っているだけだと全然改善されなかった。ダイエットも曖昧に止まっている。

よく、「友人が同じ生活をしていたらどう思うかという視点を持ったら改善される」と言うが、それはその友人の人生なので、わたしはさほど気にならない。実際に友人が困窮していたら、冷静な視点で助言はできるだろうが、本人が困ってないなら究極的にはどうでもいい。そしてわたし自身別に全然困ってはいないので、まあ、心地よくなくても、どうでもいいのだが、ただ、持病の観点からいうと、困ってようが困ってなかろうが、良くはないのだった。

もっと別の視点から、「心地よく生きるとは?」を、歴史や文化の視点から紐解いて触れていきたい。歴史や文化について調べるのは好きだから、好きなやり方で改善できるかもしれない。

「見せない自分」を大事にする

見せない日記、をここ数年、たくさん書いている。

SNSを長くやりすぎた。こう言えば誤解がないかなとか、こう言えば分かってもらえるかなとか、思考の一番上にそれが来るようになってしまって長かった。それこそ心地が良くないので改善したい。

誰かに話しかけて聞いてもらわないと気が済まない、というのは、本来的な自分のありようではない。もっと一人で遊び、一人で解決し、一人で考えたい。人と話したり人と遊んだりするのをやめるわけではないが、自分自身と向き合う時間を沢山取った方がいい。

誰かに聞かせる用、見せる用の自分ではなく、自分用の自分として、何を考えているのか、本当は何を感じているのかをしっかり分析してしっかり理解しておきたい。人に見せる用の自分とかSNS用の自分というのはその土台の上に置くものだと思う。少なくとも自分はそうだ。

紙の手帳にこだわらず、NotionなりWebアプリなり、PCでもスマホでも何でもいいのでがんがん書き留めて、自分の感情の一次ソースを確認することを、大事にしたい。

じっくりやる

早く、たくさんできるのがいいと思いがちな性格だ。いつも少し焦っていて、焦りが自分の人生を居心地悪くしていると思う。じっくり、ゆっくり、ひとつのことに向き合う時間を、意識的に取った方がいい。

長い時間を集中してやる、というより、「1日30分、何ヶ月も続けて、いずれ成果になる」というような形になることを恐れない。細切れの成果を恐れない。進捗がなくても動じない。

今思っていることは、早くやらないと逃げる、という感覚もある。これはメモを丁寧に取ればある程度解決すると思うので、それこそ見せない自分というか、「見えないレベルの進捗を大事にする」ようにしたい。

1日30分のタスクを長く持っている間、実は全然30分以上そのタスクに触れているはずだ。頭の片隅に常に維持しているはずだから。だから30分しかやっていないという焦り方をする必要はない。あと、そういう時間に思いついたことを、「思いついちゃったからタスクを進めなきゃ!」と思うのではなく、きちんとしたメモを取るのも気をつけたい。脳内会議をきっちりやって、きっちり議事録を残す。

おわりに

要するに、学習し、記録し、フィードバックをやる年にしたい。

ゆるくやりましょう。ゆっくり、じっくり、丁寧にやりましょう。

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新春初作業

新年の空気が新しくて澄んでいる気がするというのはあからさまに気のせいで、気候上昨日と今日の間に差違はなにひとつないと思うが、まあ、そういう気分になるもんだよな。

お正月だが今年はおせちもお雑煮もなく、おぜんざいだけコンビニで買ってきて食べた。

お雑煮は作ろうかと思っていたのだが、急にやる気が出て作業を始めたので、それどころではなくなった。


1月1日、元気だったので、新春初作業を開始した。仕事始めでもある。

一日中、ドカドカ働いて、楽しく過ごす。

12月末、いろいろあって鬱に見舞われ、5日間くらい鬱々と具合悪く過ごしていたが、思い切って振り切って編み物して他のことは極力考えないようにしていたら、大分調子が戻り、書きたい気持ち、働きたい気持ちになったので、よかったよかった。


去年末から、Notionをとにかく使い込んでいる。

シナリオを書くのにもNotionを使ってみようと思い、整理し始めたら、かなり良かった。

これまでシナリオを書くとき、ノートに書いたり、メモ帳アプリにメモしたり、ディスコードの自分ひとり用のチャンネルにメモしたり、とにかく散らかっていた。Notionをがんがん、あらゆる用途で使うようになってから、アウトラインの書き方がうまくなり、情報整理が上手になった。

後述するが10月から12月までシナリオを書いていなかった。書いていない間に環境が整備され、シナリオを書くのが楽に、より楽しく、なってきている。嬉しい。

それはそうと竜原さんのObsidianフローチャートシナリオライティングの真似をしたい、今年こそ。あとNotionはAIが地味に邪魔なのがずっと気になっているので、Notionを使い込んでいると言いつつ、いずれ似たような別の方法に切り替えるだろうとは思う。


記録を見るに、どうも10月くらいから、全然シナリオを書いていなかったらしい。

毎月、新しいシナリオを公開する、というのを、2019年2月からずっとやっている。だから大体ずっとシナリオを書いている。が、ストックがあったので、そこから更新物を出していて、2025年10月から2025年12月まで、全然まるっきりってわけじゃないけどほぼ書いていなかった。

その間、小説を10万字近く書き、この日記も100記事あって多分10万字を超えている。別府旅行のためにすごくしっかり調査をして8000字のしおりも書いた。

細かな機微、描写の粒度、調べて書く際の調べる量、自分の中の「これくらいの密度でものを書きたい」という感覚が、ガツンと上がった感がある。そう書くしかない、とりあえず、と思うので、しばらくはしっかりと、密度の高いものを書いてみようと思う。


3DKにひとりで住んでいる。エアコンをひとつしかつけていなくて、他の部屋の暖房用にはすごく小さい電気ストーブ1つしかない。もっと暖房を設置した方がいい。同じサイズの電気ストーブでもいいから、せめて寝室用と洗面所用があった方がいい。

と、思いつつ、暖気がほかの部屋にも流れないかなと思って扉を開け放して暮らしていた。しかし最近流石に寒く、他の部屋のことは忘れ仕事部屋六畳の扉を全部きちんと閉めて、今いる部屋だけでもしっかり暖めて暮らしている。それはいいのだが、トイレに立つとき極寒だ。この六畳を出たらすべて外、と言ってもいい。

寒いのが好きだ。少しなら。毎日、「外」を楽しんでいる。こんなインスタントな「外」で満足していないで、本物の外界に出て行って散歩とかした方がいいが……。


去年は、自分の輪郭を剥がすように暮らして、急にできるようになったことがたくさんあった年だった、という気がする。平穏に、楽しい一年であるといい。世界情勢が混乱しているので、自分の力ではどうにもならないところもあるのかもしれないし、ただ楽しく生きているだけではダメなのかもしれないが。


夜はうまをつくってすごした。翌日親族食事会があったので誰かにあげようと思って編んだのだが、いろいろあって親族食事会には結局行かないことにし、うまは手元に残った。

こちらの動画を観て作ったのだが、今見ると全然形違うな。綿の詰めすぎもあると思うが胴体どっかで間違えたんだろうな。再挑戦したいですね。あみぐるみはちょっとの糸で作れるので、余り糸でもっと編むのもいいな。

パーツが小さい以外は難しいところはなかったと思うので(そもそもデカく編めばパーツの小ささも気にならないと思う)おすすめです。お手本通りに仕上がるかは、わたしがつくったのを見れば分かるとおり、微妙かもしれないが、曖昧な仕上がりでも可愛いのがあみぐるみだから……。

去年1月、国立民族学博物館で蛇の置物を買って、デスクにずっと置いてあった。そういう感じで干支分、気に入るものを買うなり作るなりして用意して一年一緒に過ごすのも、楽しいかもしれない。

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心機一転

あけましておめでとうございます。これは31日の日記。


31日を終えて寝る前流石に、肩も肘も手首も疲れていて、手帳を見たら昨日10時間・今日10時間編んでいた。

まあそうだよな。別のことをしていたって1日8時間編んでる日があるのだから、別のことはしなくていい、ひたすら編んでていいとなったら10時間くらいだよな。

とはいえ、2日で20時間も編むと疲れるということが分かったので、明日は編み針を持たないようにしたほうがいいかもしれない。


セーターを編むのがすっかりおもしろくなってしまい、Googleを「セーター」で検索して世のあらゆるセーターを眺めて楽しむ。


休みを取ろうと思って開けていたので、別に何もしなくてもよかった。とはいえ朝10時から夜12時を回るまで、ずっと編んでいたら手が壊れてしまう。

タイムスケジュールを作った。

何時になったら手を止めていったんこれ、何時になったら手を止めていったんこれ、というリスト通りに動くことによって、ああ、やることがあるのに、編んでいる……みたいにならずに済んでよかった。

月報を書き、お風呂に入り、掃除をし、蕎麦を買いに行き、蕎麦を食べ、年報を書いた。今年はもう書き物系はだめかな~と思っていたが、意外といろいろふり返りが書けた。

あと、Javaの初歩について記載されたHPを見つけて読んでいる。三日坊主にならないようにしたい。

ふり返りを書いているうちにやる気が出てきて、明日はシナリオを書こう、と思う。年始から、書き初めをして、心機一転頑張ろう。


と、いうわけで、今から書き初め新春執筆祭りをやるので、今日は短め日記で失礼。

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