菓子パン的な幸福

本当は日記(ここ)の各投稿にタグを設定しておいた方がよかったな……と思う。編みもの、とか、読書、とか、植物、とか。振り返るためというより、読み返すきっかけとして。

しかし205件とかになってしまったからな。過去のものを読み返してタグをつけたいけど、大変な量になってきたからな……。いや、今から、新規投稿だけでも、設定しはじめたらいいのかもしれないが……。


色々あって精神が乱れており、書き物に救われる。人に読ませるというより、自分の精神を安定させるために書いている側面が大きいなと思う。

小説の中の登場人物が穏やかに対話をしているところを書いて、自分の気持ちがだいぶん引きずられて穏やかになった。言葉を選ぶこと、言葉を使うことには、意味があるな。


タスクを、暁(夜明け前のこと)、朝、昼、夕、夜に分けていたのだが、「夕タスク」って視認性が悪すぎる。

ちょっと意味が違うが、「暮タスク」ということにした。枠としては16時~18時なので、暮というには若干早いのだが、適切な言葉が見当たらなかった。


3月にやっていたゆるノーマネー生活、実はまたやっていた。5日間。短い期間のゆるノーマネー。別になんということもなく快適に過ごす。慣れたのかもしれない。このまま、5日なり10日なり、期間を決めて小規模に続けるのもいいかもな。

3日目くらいにVIE DE FRANCEのエンゼルソフトが食べたくなった。りんごとチーズクリームが入った、柔らかい菓子パン。書いたらまた食べたくなったな。

ダイエットをする人は菓子パンでカロリーを取るよりいっそケーキの方が、的なことをけっこう言う気がするが、菓子パン的な幸福、中間的な、あんまり意味のない幸福というものがある。


最近また寝室ノースマホ運動を再開している。とにかく早く寝ないと4時には起きられないので、ダラダラスマホを見ている時間を減らすべきなのだ。どうしても何かをつついて過ごしたい時Kindle端末、何かを書きたいときはノートを持ち込んでつける。

翌朝、ノートに夜書いた文章を書き起こしてNotionのデイリーログに放り込んでいるのだが、以外と結構書きまくっていて驚く。大体200字とか300字とかそんなものだが、1000字くらい布団で書いていたりする。あんまり身を入れて書くと眠気が飛ぶので、気をつけたい。

Kindleでは『社をもたない神々』という好きな本をまた読んでいた。シナリオの役に立つかなと思って読み返していたのだが、あんまり関係ないままシナリオの方を書き終わってしまった。いつもの展開。こうやって読みかけの本がたまっていく。


シナリオを沢山書いた日だった。この日記を書いている翌日4/13の朝時点で、書いていたシナリオは書き上がったシナリオになった。

最近は、絶望と孤独、のことを考えて日々暮らし、そういうものを書きたいと考えていたが、書けたものはそこまで絶望でも孤独でもなかったな、と思う。あんまり向いていない、絶望と孤独が。

まあ、わたしが「そんなに怖くなかったな」といって出したシナリオを、けっこうみんなちゃんと怖がってくれるので、大丈夫なのかもしれない。ちゃんとホラーなのかも。

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布団に滑り混む障害物競走

夜が明けるまで書き物をして、夜が明けてからジムに行った。ジム、いつも、昼くらいに行っていたのだが、なんとなくねむくて面倒臭い時間帯なので今日はやめようかな……などになりがちだった。朝に行くのはいいかもしれない。

ジム、ろくすっぽ行っておらず、週に2日くらい行かないとダイエット的な効果はないとトレーナーにも言われたのだがそんなに行っていないので、つまり、ダイエット的な効果は別に出ていない。散歩の方が痩せる、散歩にはもっと行っているからというだけなので、ややめちゃくちゃな理屈だが。

しかし、ジムで太腿を鍛えると、デスクでぐにゃぐにゃにならず、まっすぐ座れるのである。1ヶ月に1回しか行けなかったとしても、かなりの期間効果がある。むしろ、それを期待して、辞めずに通っている。

もちろん、週に2回行きたいとは、気持ちの上では思っているが……。気候が良くなったのでまたちょくちょく行こう。


パキラの植え替えをした。5月に植え替えろとインターネットには書いてあったが、20度を超えてから植え替えろということらしいので、じゃあ、いいだろう。もう23度だった。パキラがひっくり返りそうになっていて、ずっと気になっていた。

2年前の今頃、この家に引っ越してきたとき、荷物が来るより一週間くらい早く入居した。宅配で届く荷物がいろいろあったので、何もない家に毛布などを持ち込んで本を読んで過ごしていたのだが、いかんせん何もないので寂しく、近所のダイソーで買ったのが、このパキラである。

ダイソーでお迎えして二年、まあまあ大きくなるまで育ち、鉢が小さくなっていた。鉢のサイズに耐えきれなくなったパキラが段々斜めに傾ぎ始め、冬のさなかには、鉢の縁に完全に横たわってしまった。しかし冬のさなかにいじっていいのかわからず、暖かくなるまで待っていたのだ。

鉢を新しく買うか迷ったが、ちょうどあいた鉢があったので、それを使うことにした。空いたということは何かが枯れたのであった。こんなことを堂々と言うのも何だが草を枯らすのは得意である。パキラが生きているのは奇跡に近い。

幹も根も健康そうだし、多分無事植え替えられた、と、思う。2年を共に過ごしたパキラと末永く一緒にいられるといいが。


最近、4時に起きて2時間か3時間くらいシナリオを書いてから一日を始めている。

そこで気づいたのだが、4時に起きたいなら20時には寝た方がいい。遅くとも21時には完全就寝したい。ということは、18時にごはんを食べはじめてから、布団に入るまでに、2時間しかないのだ。夜が忙しいと思った。

こんなに忙しいのに小説を書いている。変だ。

夜にうだうだSNSをやって何か要らないものを目にし暗い気持ちで眠るということがなくなったので、忙しいことも、夜に小説を書いて自分の小説に萌えていることも、スタイルとしてはいいと思うのだが、それにしたって忙しいなと思う。日が沈んだとたんスタートダッシュして布団に滑り混む障害物競走。


あたたかくなったので、家中の窓を開放し、風の中で仕事をしている。

2年前の3月にこの家を選んだ。明るく美しい家で、一目で好きになった。4月に入居して、5月から暮らし始めた。家に恋をした季節。またこの季節、風と光の中で働けて嬉しい。

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うろうろ回遊

前日、部屋の襖を取り払って、広くした。夏は冷房ができるだけ広く回った方がいい、という都合もあり。広く明るくなって快適だったが、寝室のゴチャゴチャが仕事部屋から丸見えになる。

というわけで寝室をきれいにした。解決。洗濯ものを床にとりあえず置くのを、これを機に辞めたいと思います。逆に言うと寝室にはベッドと洗濯ものと、ブレックファストヌック(と言い張っている空間)と、あとほかに置く場所がない掃除機以外ないので、洗濯ものの管理さえきっちりやれば散らかる要素はないのだ。

寝室が殺風景だよな~と思って色々工夫していたのだが、少し前に、ブレックファストヌックとされる空間を作ったことで、いちおう殺風景感は脱した。というか殺風景を恐れる必要はないのだと思う。部屋にものがないことを恐れるな。散らかっていないだけだ、それは。


ブレックファストヌックというには開放的だしキッチンのそばにもなく、ただ朝ごはんを食べるための机に過ぎないので、定義を全然満たしていない気がするのだが、一応そういう、朝ごはんを食べるための机がある。そういうのが好きで、旧居(4畳半)の頃ですらキッチンの隅に小さく席を用意してそこで食べたりしていた。

いろんな場所に机と椅子がある状態が好きだし、いろんな机と椅子をうろうろ回遊しながら暮らすのを心地よいと感じる。実家ではトイレや風呂や階段で作業したりしていた。今思うと邪魔で申し訳ない。

今の家も、各部屋になんらかの机と椅子があるほか、玄関にもスツールがあってそこでも読書や作業ができるようになっている。

本当は屋外用の机と椅子買ってベランダに置きたいのだが、他に買うものが色々あり続けているため後回しにされている。そろそろ買わないと今年も設置しそびれるだろうな。


家に、麻婆豆腐の材料が、豆腐以外全部揃っていた。急にぴーんとひらめき、麻婆大根で検索すると、実在するレシピだった。喜んで作る。美味しい。

こういう、急なインスピレーションが、どこから来るのかよくわからない。既存の情報をつなぎ合わせているのだと思うが。

大根料理を作ると、むいた皮を刻んでポン酢に漬ける。これも好物。美味しい。


NotionやObsidianは本の感想や映画の感想をストックするために使っている人も多いらしい。

わたしは本の感想をストックするのが苦手で、憧れているのでたまにやろうとしては挫折を繰り返している。手帳のたぐいに挫折も何もないだろう、好きな時につければいいだろうと思っているのだが、読書記録に関してはまごうことなき挫折と言うしかない状況が続いている。

読んだはしからさらさらと忘れて行く方なので記録を取った方がいいのだが。

他のことはこんなに毎日書きまくっているのに。そして、本だって読みまくっているのに。どうしてできないんだろうな。何か理由があるんだと思うが。

わたしにできるのは、SNSで強い言葉を使って、読むべき人に伝えるテキストを書き殴り、バズることだけだ。誰かに宣伝しようと思わないと感想を書かない。しかしSNSでバズってもいいことないからな。

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取りかえしをつけよう

あまりにも寝ていた。投薬治療が変更になっているので仕方ない。気圧の影響もあると思う。

当日やろうと思っていたことが半分もできないな……と思ったとき、どう切り替えるかいつも悩む。いっそひとつもやらず全て明日に送る、というのも手だと思うが。

寝過ぎて空腹で起き、レタスチャーハンを作って食べた。食べすぎたが、レタスチャーハンだからいいか、まだしも。

ほとんどの時間を平たくなっていた日だったので、取りかえしをつけようと思い、久し振りにデュオリンゴの中国語コースに帰る。結構覚えていて良かった。


どこかの時点で散歩に行こう……しかしその前にこれをやって……とかやっていたら雨が降り始め、出かける気をなくす。

傘を買った方がいい。前も言った気がするが。大きい、しっかり雨を避けられる傘が必要。今、家にそういうのがないので、雨なら出かけない、みたいになってしまう。


労働タスクは全然だったが、家事タスクはかなり捗った。こういうよく寝ていた日は、思い切って模様替えなどを急にやったりする。昔から、学生時代からそうだった。

寝室6畳と仕事部屋6畳の間のふすまを外した。さすがに広い。明るい季節になったので光がよく見えるようにしたかった。

広くて嬉しい代わりに、部屋の向こうの方に曖昧にごちゃついたままの洗濯ものとかが、デスクで作業中丸見えなので、畳むかどうとかして片づけたい。まあ、掃除のモチベも上がったならいいかも。

あちこち掃除をし、料理をして、7時間くらいしか起きていなかった割には充実していた。


というわけでトピックスの少ない1日だったのだが、そもそもここ4日くらいで5万字くらい書きまくっていたので、電池切れかもしれない。

もっと何かやりたい気持ちがあったが、ブレインストーミングを軽く、ほんとうにサラッとだけやって、気持ちをおさめる。たいしたことは書いていないが、やったという事実が気持ちをおさめたらしい。


連載している創作BLが1万字を越え、話も転がりはじめて、いい感じだと思う。わたしはいい感じだと思っているが、話が分かりづらいな……とも感じるが、まあ、いいか。毎日書くこと自体が目的だから。

タイトルを変えたいのである。SNSで言及するとき、固有名詞感がなくて、分かりづらいから。固有名詞感、ジャンル感があったほうがいい。そういうのが結構大事だな……と思う。わたししか言及していないジャンルだとしても、そういうジャンルがあるんだなと思ってもらうことが大事だと思うから……。

でもここまで「僕の夜」でやってきたから、あんまり全部ガラッと変えるのはまたそれはそれで違うか、とも思う。「~~する僕の夜」とか「僕の夜には~~」とか、そういうのがいいだろう。

ちゃんと時間を取って考えたい。

連載小説を、寝る直前に書いて、寝る頃には書いている小説のことしか考えない状態を作り、安らかに寝る、というスタイルにしているのだが、このスタイルだと、あまり込み入ったことは考えられない。話が分かりづらくなっているとしたらそのせいなのだが、まあでもクオリティの高い小説が書きたいというより安眠したいだけなのだった。

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暁暮らしの獣

セロリが沢山あったので使い切ろうと思い、セロリと肉団子のスープを沢山作ってあった。朝起きると作り置きのスープがある生活、豊かだ。

しばらく気をつけて作りたいな~。あわよくば習慣にして、いつもスープのある家にしたい。それって素敵だ。

料理をするのは苦ではないが材料を買出しに行くのがずっとだるいので、でかけたらその隙にさっとスーパーに寄るようにしなくては。


睡眠薬の減薬がどうもうまくいかなかったと相談したところ、①まず新しい睡眠薬を併用し、②新しい睡眠薬に慣れたところで元々の睡眠薬をやめ、③いずれは新しくふやした方の睡眠薬もやめる、というプランを提案される。

これって……治療みたいではないか。興奮する。

病院にはもうかれこれ20年くらい通っている。安定していたので長らく変動がなく、安定していたからこそ減薬が始まった。随分久し振りに「治療」を頑張っている。いいぞ。

まあ、安定しているとはいうものの、メンタルの具合は去年末くらいからずっと曖昧に悪いのだが。曖昧な悪さなので投薬とかではないっぽい気配を医者から感じているが。


相変わらずアウトラインを書きまくっていたら、ひょんなことから掃除についてわかりを得た。掃除が苦手なので、どうにか得意になりたいとずっと思っている。

たとえばデスクを「場」とか「シーン」だと仮定するなら、デスクに出ている文房具とかは「登場人物」だ。一般に、シーンに出ている登場人物はあまり多いと理解を阻害するといわれている。……ということなのではないか。

片付けとは、登場人物を絞り、必要最低限にして、そのシーンの意義を理解できる状態を維持する行為。

もしかして、そういうことか!?

小説技法書を通じて社会を理解している。そういうところがある。イラストの技法書を読みまくっていたときも、技法書を通じてずいぶん社会にわかりがあった。

嬉しくなってデスクを掃除した。なにはともあれデスクがきれいになってよかった。


色々考えていたのだが、わたしはルーティーンが好きなのではなく改善が好きなのだと思う。ルーティーンのことはむしろ苦手だ。

定期的にタスクやルーティーンがPOPするようにしておくことで、この要素は本当に自分の人生に必要なのかを絶えず考えること自体が好きなのだろう。ということは、減らす、削る、効率をよくする、とかも興味があるかもしれない……というわけでミニマリズムの本を若干読んでいる。

なかなかノリが合わないし、本と文房具と趣味の道具は減らさないと思うと別にミニマリストでも何でもないのでそもそもノリが合うわけないのかもしれないが。


久し振りに白米を炊いた。嬉しくなり、手巻き寿司やる。ツナサラダ巻と納豆巻。サラダ巻が好きだ。


睡眠バランスがグチャグチャなこともあり、4時起きで人と時間が合わないこともあり、しばらく作業通話をやめているのだが、火曜夜だけ定例会があり(今週はずれて水曜夜だった)、色々話す。というか大分聞いてもらった気がする。ありがとう。

収入に直結しない、関係ない趣味があったほうが……といういつもの話をし、ボカロを……買うのは、どうだ。と言われる。かなりいい。買おうかな。ボカロというか、Synthesizer Vを。

まったりと色々話し、24時には解散する。また人里の話を聞かせてくれ、この、暁暮らしの獣に。


しかしさすがに、24時に寝た日は4時には起きない。というか、新しい薬の影響で、翌日は12時まで寝ていた。まあ、ぼちぼち付き合っていこう。

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