色選びができるタイプ

しばらく具合の悪さを嘆いていましたが今日は多分元気。持ち直したかな、多分。でもこれは昨日の分なので、まだやや不元気な日記。


クーポンを期間内に使えたことがほとんどない。

ネット通販で、自動的にサジェストされるものではなく、紙のクーポンを、ああこれ持ってますと言って引っ張り出せたことは、ほとんどないと思う。同じ話だと思うが、ポイントをためるのも苦手だ。

ここに、ユザワヤの40パーセントオフクーポンがあって、いまドカドカ毛糸を買う時期なんだから使った方がいいと思うのだが、まあ、つまり、使えずに期限が切れる気がする。明日行けなかったらもう諦めてもいいのかもな。もらった瞬間店を回り直して買えばよかった。


一昨日編み始めたトートバッグ、糸が尽きてしまった。糸が尽きる前に次の糸を手配する元気もなかったので、ありものの糸を無理矢理合わせてみるが、色が合わないものは合わないという事実が分かったのみだった。ほどくか……。

色選びは得意な方だ。子供の頃、絵画教室に通っていて、色が濁っていたり色合わせが悪かったりすると先生から「色が変だから直しなさい」ではなく「こんな色を使うなんて体調が悪いんじゃないか」とまず言われていた。だから、絵というかデッサンをとるのは下手だが(下手だった)基本的な判断能力のなかで色選びができるタイプではある、と思うようになった。先生もつまりそう思っていたのだろう。アイデンティティの確立。

色だけ塗りたかったがデッサンをやらされ、絵を早く仕上げるように急かされるし、机の拭き方が雑だと他の子と比べられ、絵画教室は苦手だったが、色で体調をはかる習慣だけは残った。

デッサンは今でも下手だ。色合わせは、ダメかもだがワンチャンかな~と思って合わせると大抵ダメで、まあ間違いないだろうと思ったことは、まあ間違いがない。


セブンイレブンで「フルーツケーキ」を買った。どっしりねっとりしていてスパイスとドライフルーツが入っていて、煮たリンゴやジャム、ホイップクリームが載っている。「焼き菓子屋さんのケーキ」という感じ。

こういうタイプのケーキを出す美味しい店が近所にあるのでセブンイレブンで買う必要は一切ないのだが、「なんか逆に、こういうほうが『気が利いて思える』な……」ということを、セブンイレブンも知っているんだな……と思い、なんとなくおもしろくて買った。美味しかった。

こっちに引っ越してきてから、個人経営のカフェによく行く。ファミレスやチェーン店が全然なくて個人経営のカフェはたくさんある土地なのである。

個人経営のカフェはこういう「焼き菓子系」のケーキを置いていることが多いと思う。店主が業務の合間に焼いているのだろう。業務の合間に焼いているから日持ちがしてそこまで厳密な作業ではないものを置いているという順序だと思うが、逆説的に「パウンドケーキのほうが、むしろ、よく気の利く個人経営のカフェみたいである」と感じるようになっていた、自分は。

セブンイレブンのフルーツケーキは良い匂いがして美味しかった。大きいピースが2個も入っていて、まあ、ひとりで食べるものではなかったが。余りはいったん冷凍した。


フルーツケーキをつつきながらコーヒーを飲み、しっかり作業が捗ってよかった。楽しくなって、久しぶりに22時までやっていた。

具合、もしかして、良くなったか? 良くなったと言い切るにはちょっと不安定な気がするが……。

最近、鬱というか、鬱と躁を繰り返している感じの日々が続いているので、躁に切り替わっただけなのではないかとやや不安ではある。が、いったん鬱を抜けたこと自体はよかった。とにかく苦痛だし、人に迷惑をかけるので。躁で人に迷惑をかけたことはたぶんあまりない……と……思う。心配をかけることはあると思うが……。

あと、鬱だと体がいつもより冷える気がする。体の動きを無意識に省コストにしているんじゃないだろうか。


どうにか作業を切りあげたあと、毛糸をネット通販した。

憂鬱な気分を抜けたとはいえ、まだ体調に不安があり、色合わせがうまくできる自信がなくて、運を天に任せ、福袋を買う。この世には毛糸の福袋というものがある。来たものを見て考えようと思う。

体調が悪いと、色が合わせられないタイプ。

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どこにも帰属していない時間

11時から家の近くで約束があったのに10時20分に起きた。どうせわたしは病気の関係で朝起きてすぐごはんを食べては行けないことになっているので朝ごはんのことは無視し、焦ってはいけないしな……と思って10分編んで、そのまま編みかけを持って出かけ、出先でもちょこちょこ編んでいた。

自分の完全な支配下にあるプロジェクトを持ち歩いていると、精神が安定する。


新しく編み始めたおかげなのか、メンタルがやや落ち着いている。新しいことを始めたからリフレッシュしたのかもしれないし、もしかしたら大きいものを編むより細切れのタスクを抱えた方がいいのかもしれない。

かぎ針編み、技法としては好きだが、あまり納得のいく作例がなかった。モチーフ繋ぎは可愛いがタスクとして細かすぎて自分向きではないと感じており、あみぐるみは昔作っていて楽しかったがあんまり沢山作ってもたまるばかりなので、そうなると安定してこれというのがない。

今編んでいる編み込みはマットな仕上がりだし、パターンもおしゃれで楽しい。『イメージから選べる編み込み図案&配色パターンブック』という本から編んでいる。

編み込み模様の鞄とか編みまくろうかな。帽子とか。また帽子?


やや具合がよかったのは、ちょっと暖かかったからかもしれない。日が落ちてからも外気温7度の世界で助かった。7度って別に暖かくはないのだが、随分楽に感じる。人間って慣れる生き物だなあ。

編んで、少し書いて、編んで、少し書いて、編んで……を繰り返し、だいぶん頭の中が整頓されてきたというか、頭の中をそのまま書き起こすことに成功し始めた。言い訳、整頓、対外的に説明のつく分かりやすい表現、そういうのはまだ要らないので、すべて言葉にする、をやってみている。

副産物的にシナリオをひとつ考えたので、今週中時間を見つけて書こう。

とはいえ明日も出かけなくてはならないが、まあ、ちょいちょい出かけるくらいがいいのかもしれない。


編み物のことを毎日考え、日々本を読んだり動画を観たりブログを検索したりしていろんなことを新しく知っている最中なので、これをTRPGシナリオにできたらいいのになと思うのだが(去年1本書いたが)、でも、何とも関係のない、他者との繋がりのない、ただの趣味、に没頭しているということ自体が大事なのかも知れないな。

既存の友達が編み物をしていることはあっても、編み物で知り合った友達も別にいるわけではないため、他者と編み物によって何か関連しているということが全然なく、それがかえっていいのかもしれない。

どこにも帰属していない時間が必要で、それが精神をフラットにしている、という可能性はすごくある。

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幸福感を習慣化する

家にある、編み物用の糸が、何もかも半端だ。が、太さが合えば混ぜて使って1枚の服に仕上げられるかもしれないという一縷の望みをかけて、全部並べ、太さを確認した。

ダメだった。

ということは、どれかに焦点を当てて、これにこれを買い足して……という計画を立てていかないと、片付かない。

でも最近買い物をしすぎな気がする。毛糸はまとめて買うとけっこうな額になる。

精神衛生の向上を編み物に頼っているのでドカッと買ってもいいと思う反面、もっと別のお金の使い方をした方が精神衛生の向上に役立つのではないかとも思う。ずるずる編んでいていいのだろうか。ちょっと色々、考えてみましょう……。

というか、「決意して買う」自体にストレスを感じているふしがないではない。まあそれはそうかもしれない。決意は負荷を伴うので。

先月末から編んでいるセーターが、あとはまっすぐ編むだけの段階に入ったので、ちょっと飽きている。もっと煩雑な作業がしたい。というわけで、家にある糸で何か新しく編み始められないかなと思っていたのだが、なにもかも微妙量だなあ。多分ベストを編むつもりで買った糸なのだが、せっかく冬だし、せっかくセーターづいているし、勘がついてきたところでもっと頑張りたい……とも思う。

どうしようかな、と毛糸屋のホームページを眺めているうちに、何も買わず一日が終わる。


整理していたら、「何の留保もなく、これで服は編めない、完全に半端な糸」が少し発掘されたので、とりあえず手すさびにトートバッグを編み込みで編み始め、夢中になって2時半まで編んでいた。

極端な生活をしている。飽きるかハマるか。精神が弱っているな~。


アンハッピーな出来事が重なり、スコーンと落ち込んでいて、完全に取りかえしがつかなくなっていて、困っている。それはそうと外出日だった。どんな小さなストレスでも、これ以上重なったらわたしはズドンと落ちるぞ、という確信があったが、出かけないわけにはいかない。

公共交通機関に乗るストレスと歩ける元気を天秤にかけ、電車移動の距離を最小限に縮めて、極力歩いた。まあ、歩いて良かったと思う。

体を動かしていると頭の中が暇で、頭の中が暇だと余計なことを考えてしまう、という理由で運動が苦手なのだが、鬱のときは外を歩いたり日光を浴びたりしたほうが絶対に良い、とされているので、気をつけて出歩きたい。まっすぐ歩けて周囲の危険に気を払える状態なら歩いた方がいい。


昼に地震があった。それと関連性は全然ないのだが、晩ご飯を食べた店のレジがわたしの目の前で止まり、身動きができず15分くらい待った。

もう一個くらいトラブルが発生したら何かオカルトを信じてしまう、と思ったがそれ以外何事もなく帰宅した。よかった。わたしを軸に起こっているというだけで、個々のトラブルに因果関係はないから。

以外と、目の前でレジが止まっても、ストレスで爆発したりしなかった。多分、店員さんが猛烈に焦っていたからだろう。自分より困っている人がいると、爆発してる場合じゃない、という側面はたしかにある。


まあ、具合が悪くてたいして働けていないうちに、勉強したりして、せっせとやることやってるときにはできないことをやる、というのが良いのだろう。

夜、人と話していて、色々愚痴っぽいことを言ってしまい、どうもいけないな……と反省し、仕事を少し整理した。うまくいけば休めるかもしれないし、まあ休めないなら休めないで、極力休み気味に回すこともできる。

風呂と散歩と早寝早起き。欲望に溺れず、流されず、少しでも幸せになれるように気を配る。柔らかいものを触ってもいいし、いい匂いを嗅いでもいいし、美しい音楽を聴いてもいいわけなので。幸福感を習慣化し、鬱から這い上がろう。

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いろんな手札を持って、いろんな方法で

かなり精神状態が悪くてどうしようかなと思っていたが、持ち直した。

とはいえあんまり忙しくしすぎず、しばらくはぼんやりめに過ごしたい。忙しいのだが、あまり「忙しいのだが……」とも思わない方がいいだろう。


朝、久しぶりに普通のパスタを食べた。普通のパスタというのは、ゼンブヌードルではないという意味。まんまと血糖値スパイクに至り、ハンモックにひっくり返る。そして、足がつった。

何もかもうまく行かない人の例……と思いながら、お風呂を入れてお風呂に入った。足がつったら温めると治る気がする。

そのままお風呂に二時間入っていたら、肉体も精神もなんとか持ち直した。長風呂が利くときも利かないときもあるが、今回は有効だったらしい。何が正解で何なら利くと決まっているわけではないので、いろんな手札を持って、いろんな方法でやってみるしかないよな……と思う。


食欲がないというわけでもないのだが何が食べたいのか曖昧で、結果的にあまり食べたくない。思考のリソースが減っている。

色々切らしているのも理由のひとつだと思う。とりあえず牛乳があったほうがいい。BAKEDオーツは結局牛乳で食べているし、何も食べたくないときでも牛乳飲んでるだけでもいいから。久しぶりにローリングストック牛乳を頼んだ。


1月の計画が立っていない。2026年の計画を立てるのに夢中になっていて、気が済んでしまっていた。

これまで紙の手帳でやっていたことを、最近、大部分Notionでやっている。結果として、去年用意した手帳が大分使えていないのだが、まああれば何かに使うかもしれないし、ないよりいい。まとまったものを紙に書き直してもいいし。

タスクリストを毎日作り直すスタイルになったのは紙の手帳をしっかり使った成果だ。両方のいいところを取り入れていくのがいいと思う。

無事、優先的にやるべきことが整理できた。整理できていると、「こんなことやってる場合じゃないのに!」と思いながら過ごすことがなくなるので、メンタルケアに良い。しかしメンタルの具合が曖昧なので、あんまり「いつまでにこれをやる」と締切をキチキチ詰めず、ぼんやり「優先事項これ」くらいで進めるのがいいかもしれない、1月は。


観たい映画があるでなし、みたいなことをぶつぶつ言っていたが、結局『名探偵ポアロ』に戻った。ポアロはメインキャラ4人の間に強い感情がないところがいい。なんとなく曖昧にお互いのことをちょっとバカにしたりちょっと可愛がったりしつつ、敬意を払いあっている。

事件は恋愛ものが多く、わたしは恋愛ものがだるいときがたびたびあるのだが、まあ、ミステリドラマの恋愛は大抵破局する恋愛だし、そんなに気にならない。メインキャラは全然恋愛に興味がなさそうに見えるし。

観ていたらいつのまにか、セーターの袖が編み上がっていた。


寝室ノースマホ運動を再開。

ベッドで本を読むと肩が寒いので、スヌードを頭から被って本を読んでいた。

ロングスヌードは自転車通勤をしていた頃に編んでよく使っていたものだ。ぐるぐる巻きにしておくと落ちてこないので自転車事故が防げて便利。しかし最近は出番がなかった。

別途用途が見つかるならいいけど。でも、耳と肩を温めるためなら三角ショールの方がいいかも。いずれにしろ肩や首を守るものはいっぱい持っているので使いましょう。

枕に香水も振った。いろんなことをして心地よく過ごしましょう。


しばらく、日記のリンクを張るときだけSNSに上がって、基本見ない、というスタイルでいくことにする。

家でひとりでいてSNSも通話もしないでいると、「他者」がなくて、寂しいというかこんなになくて大丈夫だろうかと焦るのだが、まあ、本を読めばいいと思う。

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「鬱っぽい」の方

具合悪めなので、日記に書くような素敵なことはない、正確には受容体がないのだが、書かなくなるのもさみしいので、書いてみましょう。


お正月にかまけて放置されていたごはんと、年末にちょっと使って残っていた玉ねぎと、2個残ってた卵で、醤油味の焼きめしを作って、これが新年初自炊かな、一応。

年末年始の間手つかずで放置されていた白菜があるのでそれをそろそろ料理しよう。キムチ鍋のもとがあるのだが、なんとなくクリスマス付近は洋食、年始は和食……という気分で、ずっとほったらかしになっていた。

ケのめし。


せっせと働き、シナリオの修正をやり、あとは編み物をしていた。手は動くが、精神の乱れが強い。

鬱っぽい、と調子いい、を短いスパンで繰り返しているような感じなので、調子いい、というより、躁っぽい、と言った方がいいのかもしれない。うまくいっているなと思っても、ちょっとしたことでがたっと崩れて、頭の中がモヤーッと混乱していく。

ということは「鬱っぽい」の方に、照準を合わせて過ごした方が、本当はいいと思うけど、クリスマスくらいからあんまり働けてなくて休みに飽きていて、働きたいので働いている。

うーん。まあ、鬱に照準を合わせるって言ったって、何をしてたらいいのかの正解は分からないままだし。そもそも正解ってないのかもしれないな。


鬱っぽくなる理由はいくつか、具体的に分かっている。そして対処のしようもない。と、いうところに、世界情勢が重なってめちゃくちゃになってしまった。何の情報も入れない方が精神状態にとっては良いと思うが、世界の一員としては良くないので、いけそうなときを狙ってちょっとずつニュースを読んでいる。

立ち向かいたいとも思う。いろんなことにね……。


編み物、気になっていた新しい技法を試したり、片袖編み上げたりしたが、正直、あとはもう無地のところが長々と続くので、やや飽きている。

次何編むかそろそろ考えてもいいかもなと思う。編み物以外の事をしたっていいんだけど。手をとにかく動かすのと、ほどほどに頭を動かすのが大事なので、編み物じゃなくてはいけないというわけではない。

が、この、興味が強くあったり失ったり、みたいな感じも、精神の乱れかもしれないので、あんまり細切れにいろいろやるのもよくないのかもな……。

本当は、こういう単調な作業をしながら映画とか見た方がいいのだが、適切な外部刺激の種類がわからないのだった。


といった感じで割と困っている。何が入り組んで困っているのか、解決の糸口はないのか、分析した方がいいだろうな。

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