外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

ケーススタディ田中の場合

あらゆる同人関係の友人知人は、田中の本名を覚えられない。

あまりにも田中の作風とかけ離れているからである。

田中とP子さんは友人である。全然作風は被らないのだが、友人である。きっかけとしてはP子さんがTwitterのサブアカウントで喚いていたら田中がフォローをし、めっちゃリツイートしてくれるのでP子さんもフォローを返し、そのあたりから付き合いが始まって、ときどきP子さんは田中に表紙を描いてもらう。九割九分の人間が、それが田中の描いた表紙だとは気づかない。

「あいかわらずやってるね」とP子さんが言うと、「やってるんだよお!」と田中は笑顔で言った。めっちゃいい笑顔で言った。田中のスペースには男性がひとりいて、「向こうの友達?」と聞くと、田中は首を振って「ううんこれ、おじさん」と言った。

それが血縁者を指す言葉ではないことをP子さんは理解していた。

「ああー! ええー! あ、あ、おじさんさん! はじめましてP子ですー!」

P子さんが同人女特有のはわわわわわわという声で言いながら手を差し出すと、おじさんはにこにこ手を握り返した。いい人じゃん。

「おじさん」はHNである。そういうHNの女性なのかと思っていた。夢腐ハイブリットと呼ばれる存在であるところの「おじさん」は、ジャンルの中でもマイナーなキャラクターの、男夢主人公ものを書いているということでP子さんの中でアツかった。

「男性だと思ってなくてびっくりしましたー」

「そうなんですよ、びっくりさせてすみません」

「あ、いえいえ!」

なにがいえいえなのかはわからなかったがP子さんは確実に失言をしたと思ったのだったがおじさんはさらっとスル―した。イケメンじゃねーかとP子さんは思った。外見がどうとかではなくて。

誰あろう、彼はわれらが山口くんであった。

それはともかく田中の話である。ジャンル内でも極北的存在である山口くんとP子さんが出会ったその運命的な場所は、同時に、「同人慣れしてない女オタクは近づいてはいけないエリア」を実に田中たったひとりで形成しているエリアだった。同人歴はわずか四年にすぎないが、ポスターに現場で修正を入れたことは数知れず、印刷所からの修正連絡は毎回とも言われるため最近は修正のためのスタッフが呼ばれるようになり、コミケは二日参戦(男性向けでは大手)。他の追随を許さないエログロと猟奇とシャブキメセックスとナンセンスとシュールの祭典が女性向けで花開いた、実に奇跡的なジャンルだったのである、

山口くんとP子さんが出会ったのは。

田中本人は「肥満」と「太り気味」の「肥満」寄りに位置する非常に感じの良い明るい印象の人物であり、「プロもスペース入る? おしゃべりする?」と、壁配置(※隔離処置)の余裕でにこにこ言っていたのだった。なおサークル名も田中である。本名は鷺宮志穂梨とか言ったような気がする。誰も覚えていない。

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