P子さんは悩んでいた。
P子さんには当然本名もあればHNもあるのだが、もっぱらP子という名前で親しまれておりなんならTwitterのユーザーネームもP子としている。P子のPはプロのPであり、何のプロかと言うとこじらせのプロなのだった。名誉なことであるとP子さんは思う。こじらせ、それは僕の見た希望だ。それ以外に信じるに足ることがあろうか。
もはや公式すら信じるに値しない。
公式というのは二次創作の原作元のことである。
P子さんはドリーム小説、いわゆる夢小説を書き続けてそろそろそろ6年にならんとする、その筋ではベテランであった。ベテランであるということは知名度とは比例しないが、P子さんは知名度という点においてもそれなりに階級を上がりつつあった。古今東西愛情を抱いた相手と恋愛やら結婚やらできないという自称は不毛なものとして扱われがちであり、夢小説家はその極北に位置してきた。しかし我々の逆境の歴史にもついに追い風が吹き始めているとP子さんは思っていた。P子さんは関連オンリーイベントで一回も欠席したことがなく、もっと言えば一回も新刊を出さなかったことはなく、一回も一冊しか新刊を出さなかったこともなかった。絵は最近描き始めたのだが加速度的に上手くなっていると少なくとも身内には言われたし文章を書くのは昔から得意でコンクールに入賞したこともあった。少女小説家としてデビューするしないという話まで行きかけたこともあったことはあった。ここのところお誕生日席は当たり前になってきた。
そしてP子さんはガチ恋をしていた。
いまやP子さんの世界には推しと自分だけが存在しているといっても過言ではなかったが、残念ながらその世界には敵が存在していた。P子さんは敵どもを殺す方法を多数考えそれを実行に移した。具体的には、感じの良い振る舞いと、完璧なナチュラルメイクと、流行に則った派手すぎない服装とでイベント会場に出かけていき、そして分厚くて、内容が濃くて、誰が見ても「装丁凝ってますね」以外の言葉が出ない本を、毎月平均二冊作った。ノベルティも作った。
P子さんの表明はこうだ。
我々は幼くもなければ拙くもなく金を持ったひとりの人間であり、
なんならおまえらより愛は深いのであると。
そしてP子さんは悩んでいた。P子さんは華やかなホームページを眺めて吐息をつく。夜のお仕事を始めるべきか悩んでいたのである。P子さんは幸いそれなりに容姿にも恵まれている。推しのためにこれ以上努力をするべきではないかというP子さんの熱情がアルバイトを視野に入れさせていた。昼間の勤めは小さな地元企業での事務員で、アルバイトは禁止されていない。そしてP子さんは本がそれなりに売れて黒字が出るようになってもあいかわらず惰性で納豆ご飯と卵かけご飯とおかかご飯(昼はおにぎり)のローテーションで生き続けていた。金がないわけではなかった。あるのはただひたすらこじらせだった。
推しに対してできることがないか。
これ以上何かないか。
見つけられないとわたしはそろそろ、敵の住所を割り出して、一軒一軒火をつけて回るのではないか?
P子さんは愛知県の出身である。
彼女はかつて、仲間に、
「名古屋の人間は愛の濃度が高い」
と言われたことがあった。
またP子さんは蠍座である。
あらゆる名古屋出身の蠍座および、わたしに謝れとP子さんは思った。
そのへんの人間と一緒にされてたまるか。
あと、そんな人がいるなら、紹介してくれ。
わたしは狂っているのか?