肉が食いたい、と言われたので、冷蔵庫の中身を思い出している。なにが食べたいと指定してくるのはありがたいのだけど、もう一歩の発展を願いたい、肉が食いたいと思っている時、ほんとうは、肉の種類まで見えているはずなのだ、豚肉なのか牛肉なのか鶏肉なのか、そのほかのなにかなのか。挽肉なのか固まり肉なのか、焼いてあるのか、煮てあるのか。はたまた、あぶらっぽければ何でもいいのか。実はにんにくが食べたいだけなのかもしれないし、お好み焼(広島風)にくっついたカリカリの豚バラ薄切りで満足なのかもしれない。そういう事を言語化できる能力を身につけてほしいと願う。作り手の想像する手間が省けるからではなく、それも重要だがそれだけではなく、自分の欲望をはっきり毎時認識していてくれることを、同居人には望みたかった。
「肉が食いたいっつって、なに肉か判断してもらうってのは、依存なんじゃないの」
「自分で選べないわけじゃねえよ。聞いてもらったら細かく言うし」
「ハンバーグにしよう」
「ああ、うん、いいな、ごちそうだ」
ごちそうかな。ごちそうの基準がわからないな。こうやって考えたことを、いちいち口に出せばいいんだろうな。わからないと思ったら質問する。答えてもらうことを望んで、
「煮るのと焼くのとどっち」
「ハンバーグって、煮るのって、どうなんの」
「じゃあ煮てみようか」
デミグラスソースを作るためには赤ワインが必要です。赤ワインを買ってくるよりソースを買ってきた方がどうせ買いに行くだけ効率がいいけれど、赤ワインは余ったら飲める利点がある。ハンバーグと赤ワイン、そうだな、なんだかほんとうにごちそうじみている。
「ワイン買って帰って。赤いやつ。ごちそうだからじゃなくて、料理に使うから」
「余る?」
「余る」
「じゃあそこそこいいの買おう」
そこそこいいの、というのは、七百円くらいのことだと思う。それは楽しみ、と言いながら、手にしたペンタブで画面の端に、ゆがんだ丸を描いて、じゅー、と音を書きいれた。つけあわせに温野菜、ブロッコリー、にんじん、キャベツ、芽キャベツが食べたいなと思った。まだそんな季節ではないけど。ほらね、こんなふうに欲望をはっきりさせるのは簡単なこと、おまえも早くそれを覚えてくれたらいいのにと思う。
ひとり用のこたつは二人で入ると足がぶつかって邪魔になる。洋食だろうとワインだろうといつものこたつだった。チョコレートが欲しかったんだ、と、夕食が終ったあとに言うような人だった。欲しかったんだと言われても用意していない。
「アイスクリームでもよければ」
提案してみた。アイスクリームはいつでも冷蔵庫に入っている。冷たいものを食べると便通がよくなるという大義名分のもとに、朝、パンに乗せて食べる。同居人は朝はヨーグルトしか食べない。同じメーカーの同じヨーグルトを、まとめ買いして冷蔵庫にたくさんしまってある、そのまとめ買いには関与しないことにしている。安売りの日を把握していないなと気づいていても、口出ししないことにしている。
日本から乳牛がいなくなって、輸入の手立ても封鎖されたとしたら、我々はどうやって朝飯を食ったらいいのか分からなくなるだろう。
「アイス食べる?」
「なんでチョコの話でアイス?」
「チョコレート味だからにきまってるだろ、そうじゃなくてなんでチョコの話でアイスだよ」
食べるかと聞いて、回答を貰っていないのに、食べるものときめつけてアイスクリームを皿に盛っている。バニラとチョコレートを盛り合せて、まだ飲みほしていないワイングラスのとなりに置いた。
「お祝いがしたいとか、ごちそうが食べたい、っていうのは、言わないとわからないよ」
「言ったらほんとにすごいのやるじゃん。だいたい、お祝いではない」
「イベントがやりたい?」
「それ」
「チョコねえ。製菓業界が決めたんだよ、チョコとか、恋人同士で贈り物とか」
「誰が決めようと別にどうでもいい。ほらチョコ」
「……マメだね」
そばに投げだしたままのかばんを引きよせて中をさぐっていると思ったら、リボンのかかったラッピング包装がでてきた。
「コーヒー入れるぞ」
「なんでアイスを盛る前に出さないの、デザートが多いよ。コーヒーのタイミングも遅い」
「だってお前、アイスいるかどうか結局たしかめてない」
「いらなかったの?」
そのわりにはからっぽのうつわが残っている。
「おかわり」
「コーヒーが入ったらね」
「アイスに掛けよう」
「そうそう、それ」
「なに、そんなにかけるの好きか」
欲望をはっきりさせなくちゃね。